プロレスのタイトルマッチでは、挑戦者に声援が集まりやすい。ファンが感情移入するのは“守る者”より“挑む者”なのだ。
しかし、7.15DDT大田区総合体育館大会のメインイベントは違った。KO-D無差別級王座をかけて闘ったのは遠藤哲哉と竹下幸之介。チャレンジャーは竹下だったが、試合中にたびたび発生したのは遠藤コールだった。
竹下は過去3度戴冠。最多防衛記録も持っている。対する遠藤は竹下より年上でデビューも少し早いが、4月のニューヨーク大会で初めてKO-D無差別のベルトを巻いた。
イメージとしては竹下がベルトを巻いている姿のほうが強いし、遠藤が“竹下相手の防衛に挑む”という雰囲気があった。高校時代、日本武道館大会で派手にデビューした竹下に対し、遠藤は叩き上げ。タッグを組んでいた時代も含め、常に遠藤が竹下の背中を追ってきた。そして、両者とも大きく成長して迎えた大田区でのビッグマッチ。ファンが遠藤を後押ししたくなるのも当然だった。
しかも、この日はいつにも増して竹下に隙がなかった。もともと手の内を知り尽くしている関係、なおかつ遠藤の王者としての成長分も予測してリングに上がったという。
序盤の片足タックルひとつからフェイントを入れ、丸め込みを切り返し合う。そうかと思えば場外戦でエプロンの角にぶつけるブレーンバスターなど荒々しい技も。遠藤の体が心配になるような攻撃だったが、だからこそチャンピオンの底力も出た。
ひねりを加えたサスケスペシャル。竹下のフィニッシャーの一つ、ファブルは空中でキャッチしてパワーボムで叩きつけた。奥の手であるカナディアン・デストロイヤーは2発。その2発目は腕を固めながら見舞っている。勝負の行方がどう転ぶかまったく分からなくなった終盤戦には竹下コールも起きた。それだけ遠藤が追い込んだのだ。
だが、それでも“挑戦者・竹下の牙城”は崩れなかった。最後の最後に竹下が決めたのはウォール・オブ・タケシタ=逆エビ固めである。ロープに手を伸ばした遠藤を2度にわたって中央に引きずり戻しての勝利で、この技にかける執念を感じさせた。
「ジャーマンとかファブルとか、自信のある技で勝ちたかったのが本音。(逆エビは)狙ってたわけじゃないです。もしかするとプロレスの神様がチャンスをくれたのかもしれない。僕が勝つ道が一つ、残っていた」
ビッグマッチのメイン、そのギリギリのところで出たのが逆エビ固めという基本技。このあたりにも竹下のプロレスセンスの非凡さを感じる。
ベルトを巻いたことを喜びつつ「僕は僕のためにプロレスをしている。自分を満たすためにやってます」とも。団体を背負うとか引っ張るとかは当たり前以前の話で「世界に誇れるナンバーワンの団体にします」とまで竹下は言った。
遠藤については、その実力を認めながらも「ライバルという存在ではない」と語っている。大会翌日の会見では「自分が負ける姿を想像できなかった」。試合を終え、帰宅して映像を見直しての気持ちがそれだという。そもそも30分超えの試合をしたその日のうちに映像をチェックしたことに驚かされるのだが。
「満たしてくれる相手がほしい」
そう竹下は言う。里村明衣子率いるセンダイガールズプロレスリングとの対抗戦すら成功させた竹下は、いわゆる“ハイレベルな激闘”の先にあるものを求めているのかもしれない。求めるものの大きさ、あるいは深さ、こだわりの強さ。体力や精神性まで含め、今の竹下は底知れない怪物性を漂わせている。かつてのジャンボ鶴田に似て、しかしどこか雰囲気が違う。ただ鶴田にとっての天龍源一郎、三沢光晴のような存在が、竹下にも必要なのかもしれない。
次の防衛戦は短いスパンだ。7月21日の後楽園大会。相手はイギリスの人気選手クリス・ブルックスである。竹下曰く「クリスはUKベストレスラー。僕はワールド・ベストレスラー」。ブルックスと闘うことで、海外のプロレスファンから注目されやすいということもモチベーションになっているようだ。
世界を視野に入れる竹下に対し、ブルックスが「俺は若い頃からDDTのスタイルに憧れてたんだ」と“DDT愛”を強調しているのがこの試合のポイントだ。来日以来、通常の興行だけでなくプールプロレスにも参戦して勝利。「市原ぞうの国」での路上プロレスでは象の糞にまみれて闘った。「そういう試合にDDTのスピリットが詰まってるんだ。これまでやってきたことは、みんなKO-D無差別を獲るための準備だったと思ってる」とブルックス。
この試合も、ファンが応援しやすいのはブルックスだろう。しかしそのことも織り込んだ上で試合を支配していくのが竹下だ。ブルックスに満たされるのか、あるいは自分で自分を満たすのか。怪物が見据える王者の理想像が、まずこの試合で試される。
文・橋本宗洋
写真/DDTプロレスリング