(アクシデントからの勝利となったまなせは号泣。ベルトを掲げることもなかった)
必然とも運命的とも言える対戦は、プロレスの神様から与えられた試練のような結末となった。
9月16日の東京女子プロレス・両国KFCホール大会。メインで対戦したのは万喜なつみとまなせゆうなだ。8月に新設されたインターナショナル・プリンセス王座のタイトルマッチで、初代王者である万喜の初防衛戦だった。
現在はフリーとして東京女子に参戦している2人だが、かつてはアクトレスガールズに所属。万喜にとってまなせはデビュー戦(タッグマッチ)で闘った相手であり「妹のように可愛がってもらった」。だからこそ「ゆうなさんからスリー(カウント)取らなければ真の王者という気持ちになれない」と語っていた。
挑戦者・まなせはプロレス人生初戴冠のチャンス。かわいい後輩とはいえ、キャリアも東京女子で過ごした時間も自分より短い万喜がベルトを巻いていることに複雑な思いもあった。『ぽっちゃり女子プロレス』や男子選手との対戦の中で掴んだ自信もある。アイドル系選手が多い東京女子で、まなせが目指すのはラリアットやブレーンバスターで魅せるレスラーだ。
自分の過去を肯定し、今の実力を見せ付け、未来を切り拓くために、まなせにはベルトが必要だった。その意味でも、歴史を共有する万喜は最高の相手だったと言える。現在のイメージカラーは紫、「パープルハート」というキャッチフレーズを持つまなせだが、この試合はアクトレスガールズ時代の赤のコスチュームで臨んでいる。
(試合中にヒザを負傷した万喜。その後の試合も欠場することに)
両者にとって重要な、これ以上なくドラマチックな顔合わせ。そこに降りかかった現実は、万喜の負傷だった。万喜がまなせの得意技でもあるネックスクリューを繰り出し、まなせも返す。意地の張り合いのような攻防の中、万喜の動きが止まった。異変に気付いたまなせは万喜を場外に落とし、様子を見る。
レフェリーの「止めるか?」の声に「絶対止めない!」と万喜。なんとかリングに戻るとエルボーを放っていったが、後が続かない。ヒザをかかえてうずくまる万喜にまなせは呆然。しかしセコンドの声に背中を押されたか、万喜を立たせるとラリアットで試合を終わらせた。
どちらにとっても納得できる内容ではなかったが、まなせが意を決してトドメを刺さなければ間違いなくレフェリーストップになっていた。それよりもしっかり“試合を終わらせる”ことを選んだのだ。試合後のまなせは号泣するしかなかった。渡されたベルトを腰に巻くことはなく、控室に戻っても、ドアの外にまで泣き声が響いた。
自分との試合で、妹のようだった選手がケガをしてしまった。初タイトルを不完全燃焼で手にしてしまった。ケガをしないこと、させないことも重要なのがプロレスの世界だ。まなせの悔しさ、悲しさは簡単に想像できるものではない。
試合後は両者ノーコメント。後日アップされたブログで、まなせは「十字架」を背負うと記している。十字架を背負い続けるとは、チャンピオンとして勝ち続けることでもある。いつか訪れる再戦の日まで、物語は続く。十字架の重みで潰れるか、強くなるかはまなせ次第だ。そういう闘いをすると、彼女は覚悟したのである。
文・橋本宗洋