9日、今年のノーベル化学賞が発表され、「リチウムイオン電池」を開発した旭化成名誉フェローの吉野彰さんが選ばれた。
リチウムイオン電池は、スマートフォンやノートパソコンなど、モバイル機器のバッテリーとして広く使われている。吉野さんは「リチウムイオン電池の父」とも呼ばれ、この十数年は毎年ノーベル賞の候補にあがってきた。
吉野さんは京都大学大学院を卒業後、1972年に旭化成工業(現・旭化成)に入社。以来、大学には戻らずサラリーマン人生を歩んできた。充電できる電池と小型化・軽量化に取り組み、1985年に現在のリチウムイオン電池の原型となる新たな電池の開発に成功。当初は売れずプレッシャーに苦しんだものの、1995年の「Windows 95」のヒット、携帯電話・スマホの登場で爆発的に普及した。
日本では常識となっている“基礎研究は大学、応用は企業”という役割分担を打ち破った吉野さん。一方で、現在の大学の状況について「今の日本はきつい言い方をすれば真ん中あたりをうろうろしていて、中途半端な感じだ」と受賞直後に述べている。また、2015年にノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章さん、2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑さんも「このままでは日本からノーベル賞受賞者が生まれなくなる」「かなり瀬戸際だと思う」と、今後の日本の科学分野を危惧していた。
こうした現状に、日本政府に対して研究費や大学教育についての提言を行っている科学技術振興機構 研究開発戦略センター研究主幹の永野博氏は「研究の大切さというものはなかなか理解してもらえない。毎年ノーベル賞受賞者が言うだけではもはや足りず、日本中の大学の先生が毎日いろいろな人に語りかけるくらいの努力が必要」と話す。
また、ノンフィクションライターの石戸諭氏は、研究~成果が出てからノーベル賞を受賞するまでに時間のギャップがある構図に触れ、「吉野さんも30年前の成果に対して賞がおくられている。では、今の日本で30年後にインパクトとなる研究を出せている人がいるのかというと疑問で、研究にお金が回らなくなっており、投資が少なければ成果も出ないという話」と説明。
永野博氏は、「日本の科学界は、お金とシステムに“問題”を抱えている」と指摘している。世界の科学研究費を比較してみると、日本はここ20年横ばいで、日本の数倍規模の米国や右肩上がりの中国と比較すると遅れを取っている。そんな中、日本政府は3月、破壊的イノベーションを生み出す「ムーンショット型研究開発制度」を立ち上げた。5年で約1千億円を投じ、失敗を恐れない野心的な研究を後押しする制度だが、世界のトップ企業が1年間に研究開発にかける金額は数兆円規模となっていてなんとも心もとない。
永野氏は「政府と企業は切り分けて考えなければならない」とした上で、「日本の企業は90年代から経営が短期的思考になり、基礎研究にかける費用に余裕がなくなってきたのだと思う。政府も合理的な研究や成果が出やすい研究にばかりお金をだしている。さらに金額だけの話というよりも、研究の仕方や大学との協力、スタートアップの取り込みなど“システム自体”も改善する必要がある」と述べる。
また、大学のベース収入となる「国立大運営費交付金」と、公募により国から交付される研究に対する補助金「科学研究費補助金」をどう配分するかも重要だとし、「政府は“掛け声”だけでお金は出さない姿勢、大学側も基礎研究がいかに大事かというアピールが足りない。いたずらに科研費ばかりを大きくしても、ベースがしっかりしていないと研究にならない」と指摘。石戸氏は「30年前と比べて、若手の質が落ちているということはない。科研費は『プレゼンで競争して取ってこい』という話で、大学の先生にプレゼンターの役割まで担わせたら当然、研究の時間は減る。科学者からは『書類ばかり書かされる』『テーマばかり選ばされて研究の時間が減る』という愚痴をどこに行っても聞く」と明かした。
科学技術白書によれば、日本の論文数は2004年の6万8000件をピークに減少傾向にあり、世界での論文引用数も2003-2005年の4601件(4位)から2013-2015年の10年間で4242件(9位)に減少した。一方で、科学研究費が日本と同水準程度のドイツは、論文引用数が10年間で5458件から7857件に増えている。
ドイツ在住経験もある永野氏は「そもそもドイツは日本に比べて人口が少ないということもあるが、ドイツはここ10年ぐらいで科研費とは別に政府のお金をちゃんと増やしている。しかも日本と違い、基礎研究に対しても潤沢にお金をかけている。論文を書くのは大体若い博士課程の人で、大学院の博士課程の人が減っている日本で論文が減るのは当然。さらにいえば、博士課程で授業料を取る、働いちゃいかんというのは世界でも日本ぐらいで、授業料がない上に生活費を出してくれるのが普通。外国から日本にいい人が来るはずがない」と日本の若手研究員の過酷な状況を指摘。
さらに、「若い人が将来独立した研究者になるということの重要さが共有されていない」と続けると、石戸氏は「日本は経験のある先生の研究室でいちスタッフとして下支えするシステムになっているが、それではダメで、若い人を主役にさせること。基礎研究に費やす時間があったことが今のノーベル賞のラッシュにつながっていると考えると、今後基礎研究にお金をかけないなら論文は減っていくばかり。この“無駄”の大切さは散々言われている話で、待ったなしの状況」と危機感を募らせた。
(AbemaTV/『けやきヒルズ』より)
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