伊藤麻希がついにベルトを掴んだ。以前アイアンマンヘビーメタル級のチャンピオンになったことはあるが、企画性の強いベルト(いつでも誰でも挑戦可能)だった。今回が初の“本格戴冠”と言っていいかもしれない。
10月19日の東京女子プロレス・両国KFCホール大会で伊藤が挑戦したのは、まなせゆうなが持つインターナショナル・プリンセス王座。「世界一可愛い」を標榜する伊藤だけに、インターナショナルと名の付くベルトは自分のものにしたい。可能性を感じている海外での活躍のためにも、ベルトは“通行手形”として必要だった。
そして何より、チャンピオンベルトは実力の証だ。アイドルグループLinQのメンバーとしてプロレスに挑戦し、そのグループを(本人曰く)クビになり、話題先行、キャラ優先というイメージの中で闘ってきた。実力を個性が上回っていても、それはそれで「あり」なのがプロレスの世界だ。今年1月4日には。団体の頂点プリンセス・オブ・プリンセス王座に挑戦。しかし山下実優に完敗を喫した。観客の盛り上がりも今一つに感じたという伊藤は、この試合がトラウマのようになっていたようだ。
だがこの試合以降、「泥水すすった」という時期に、伊藤はこれまで以上のスピードで力をつけていった。本人もそれを認める。
「山下に負けた悔しさがあったから、今日ベルトを獲ることができた。らしくないこと言うけど、山下には感謝してる。山下に負ける前はプロレスやりながら芸能も頑張ろうと思ってて。バラエティタレントになりたかったの。でもそれを諦めて、プロレスで食っていこうと思ったらケツに火がついて成長できた。一個捨てたら一個手に入るんだなって」
まなせとのタイトルマッチ、伊藤は序盤に徹底した腕への攻撃を見せている。いわゆる一点集中攻撃。正攻法中の正攻法は伊藤らしくないようでいて、やはりそれは成長だった。まなせも崩れない。サイズ、パワー、キャリアだけでなく『ぽっちゃり女子プロレス』などで自信をつけたし、ベルトを巻いたことで責任感も強くなった。豪快なラリアットで伊藤をなぎ倒した時には、チャンピオンの防衛で間違いないだろうと思われた。
(攻撃の強烈さではまなせが上。紙一重の決着だけにまなせには悔しさが残る)
一発逆転の瞬間が訪れたのは、まなせがフィニッシュ技「鈴木ダイナミック」を決めた直後だった。フォールを切り返し、渾身のエビ固め。レフェリーがカウントを3つ数える間、強引に抑え込んだ。まなせにとっては呆然とするしかない逆転劇だ。伊藤は中指を立ててアピールしつつ、ベルトを手にすると涙があふれた。
「学校でいじめられていた伊藤が、うつ病で死にかけていた伊藤が、アイドルをクビになった伊藤が、受身一つ取れなかった伊藤が、夜の仕事のバイト落ちた伊藤が、1.4後楽園で冷め切った空気を作ってしまった伊藤が、ベルト獲ったという事実! おまえらも人生のリングで何度でも立ち上がれ!」
ファンへのマイクアピールもまた渾身であった。そしてインタビュースペースでは「ベルトを獲ったということは、世界が伊藤を呼んでいるってこと」。試合は切り返しでの逆転勝ちだったが、それを呼び込む粘りがあったということでもある。
このベルトは“レスラー”伊藤麻希が本格化している証拠だ。昨年までの彼女しか見ていないファンがいたら、今の実力に驚くのではないか。
文/橋本宗洋
写真/DDTプロレスリング