アルバイトで食いつなぎ、論文執筆もままならない日々…“国策“が生んだ、行き場を失う博士たち
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 去年の9月7日早朝、移転を間近に控えた九州大学の研究室から火の手が上がった。焼け跡からガソリンの携行缶やライターとともに見つかったのは男性の遺体。自殺したとみられている。46歳だった男性は九州大学の博士課程に在籍していたが、8年前にその籍を失っていた。それでも他の大学などで非常勤講師を続けながら研究室に居座り続けており、仕事が無くなった後は引越しのアルバイトなどで食いつないでいたという。

 明日はわが身。他人事じゃないー。亡くなった男性の境遇と自分を重ねずにはいられないと話すのが、九州大学専門研究員の脇崇晴さん、40歳。独身だ。専門は哲学で、3年前に博士号を取得したが、研究職に就くことができず、アルバイト生活を続けている。「思い詰めそうになったら、“落ち着け”って自分に言い聞かせて」。

アルバイトで食いつなぎ、論文執筆もままならない日々…“国策“が生んだ、行き場を失う博士たち

 この一人暮らしのアパートで暮らし始めて13年。研究は、哲学の専門書が並ぶこの部屋で進める。哲学に没頭するきっかけとなったのが、明治時代の思想家・清沢満之だ。現在、その思想を研究テーマにしている。「清沢満之という人の思想に触れて、絶望するようなことがあっても大丈夫だ、ということを学んだ。それから長い付き合いになった」。清沢の思想は生き方にも影響しているという。

「“私は不可能に突き当たりて異常なる苦しみをいたしました。もし不可能のためにどこまでも苦しまねばならぬならとっくに自殺でも遂げた”。困難なことや、やり通せないことを無理にしようとして苦しんだ、あるいは大きな挫折に突き当たって非常に苦しんだというところから、宗教によって苦しみを脱したというところに非常に感銘を受けて読み始めたんですけどね」。

■「論文を書かないと業績にならないし、業績が増えないと就職は難しいまま」

アルバイトで食いつなぎ、論文執筆もままならない日々…“国策“が生んだ、行き場を失う博士たち

 脇さんのように、博士課程を修了しても大学教員などの職に付けない任期付き研究者は「ポストドクター」、“ポスドク”と呼ばれている。いわば研究の世界の“非正規労働者”だ。

 国や大学からの奨励金が得られている人もいるが、ポスドクになって3年、脇さんの研究者としての収入はゼロだ。「生活が不安定だと、このままで大丈夫なのかと、精神的にも安定しないことがありますね。とりあえずはこういう現状をそのまま受け入れるしかないっていう…」。

アルバイトで食いつなぎ、論文執筆もままならない日々…“国策“が生んだ、行き場を失う博士たち

 そんな脇さんの唯一の収入源が、私立大学で非常勤講師のアルバイトだ。専門分野の哲学だけではなく、ドイツ語なども教えている。文献の読み込みや、資料作りなど、準備にもかなりの時間がかかっている。この日は1コマ目の哲学の講義が終わると、慌しく次の教室に向かう。昼休みになると足早に食堂へ。一人昼食をかきこむ。「ゆっくりできるのは3、40分くらい。終わった後はヘトヘトになります」。昼食を終えると、一息つく間もなく次の教室へ。この日の講義は合わせて4時間半。ほとんど立ちっぱなしで話し続けた。「授業の前後に時間あっても勉強はなかなかできないし、アルバイトが終わった後は気力がないくらいで…」「基本的に遊びに時間を使うことはなくて、授業の準備に使うのがほとんどです」。

アルバイトで食いつなぎ、論文執筆もままならない日々…“国策“が生んだ、行き場を失う博士たち

 他の大学や専門学校でも非常勤講師の掛け持ちする日々。それでも収入は平均で月に10万円程度。大学が夏休みなどに入ると、収入はほとんど無くなってしまう。脇さんのような非常勤講師の仕事で生計を立てるポスドクは多いという。「論文を書かないと業績にならないし、業績が増えないと就職は難しいまま、という悪循環です」。

■諦めてスキルを活かせない就職をするケースも

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 「5年後の未来より、明日の授業準備 非常勤講師特集」「ラボめしの醍醐味」

 ポスドクたちの悩みや体験談を、ユーモアも交えて紹介する同人誌『月刊ポスドク』。編集したのは、自身もポスドクだった平田佐智子さん(34)。心理学が専門で、やはり博士号を取得後に研究職を目指し、3つの大学を渡り歩いた。当初は1年更新の研究奨励金をもらうこともできたが、4年後に審査に落ち、ポスドク生活が終わった。「挫折でしかなかった。すごく落ち込んだし、研究できないことにがっかりした」。2年前からは研究で身に付けたスキルを買われ、介護関係の会社のデータ分析部門で働いている。ただ、仕事に活かせるのはごく一部だという。

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 「大多数の方がアカデミア(研究の場)以外を知らないので、そこから外れること自体がドロップアウト。“生き残れなかったんだね”という考え方をする人が多いと思いますし。私自身もかつてはその一人でした」。

 追い詰められる研究者たち。背景には、国が進めた“ある計画”があった。

■バブル期に作られた“博士課程の倍増計画”

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 「日本の研究は、かなり悲惨な状態になりつつあります」。ポスドクの問題を扱った『博士漂流時代 「余った博士」はどうなるか?』の著者・榎木英介氏は、「バブル期の前にたてられた博士課程の倍増計画が背景にある」と指摘する。

 1991年、国は「大学院重点化政策」と銘打ち、およそ10年間で大学院の規模を2倍にする方針を打ち出した。実際、大学院在籍者数は10年間で2倍以上に増加、その後も数を伸ばし続けた。「ただ、少子化などもあって大学教員のポストはそんなに増えなかったし、バブル崩壊で民間企業の需要が無くなって行き先がないのに、博士号取得者がどんどん作られるという状況になった」(榎木氏)。

アルバイトで食いつなぎ、論文執筆もままならない日々…“国策“が生んだ、行き場を失う博士たち

 結果、全国でおよそ1万6000人(2015年時点)のポスドクを生み出すことになった“国策”。榎木氏は「博士号取得者1人を育成するのに、数千万から、一説では1億円ぐらいの国費が投入されているとも言われている。そういった人たちに対し、ある種“自己責任”“勝手にしろ”という風に切り捨て、40代になってもなかなか安定した職が得られない人たちがたくさんいる状況は社会にとっても悲劇だと思う」と訴えた。

■文科省「ギャップがあることはその通りだ」

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 では、“仕掛け人”である文部科学省はどのように考えているのだろうか。

 取材に対し、大学改革推進室の平野博紀室長は政策の趣旨について「当時の欧米に比べて大学院生が少ないということで、研究者のみならず、社会の様々な所で活躍できる人材を大学院から輩出できるよう、量的な整備と質的な整備を進めることを目的に始められたものです」とした上で、「平成3年に中央教育審議会に答申した当時は企業等へのアンケートも行った上で、その程度の数を増やしても受け入れる社会的な余力があると判断をし、その方針に従って各大学が量的に増やしてきたというところがある。ただ、産業界の受け入れが思ったよりも進まなかった」と説明。また、見込み違いだったのか、との問いには「増やす時に多くの修了者が社会の各層で活躍していくという姿を描いたということはおそらく事実。そこと今の現状の間にギャップがあることもまたその通りだ」とコメントした。

 国もここ数年、研究者が民間企業でも活躍できるよう様々な策を講じてはいる。しかし大学教員以外の職に就けるポスドクは1割にも満たないのが実情だ。

■“現実的な選択”をせざるを得ない学生たちも

 孤独な時間を過ごすことが多い脇さんにとって、年に数回開かれる研究室の飲み会は、仲間と語り合える数少ない機会だ。研究室の後輩たちに脇さんについて尋ねてみると、「すばらしいとは思うんですが、自分ができるかって言われると…できないかなって」(4年生、就職予定)、「もともと研究職にあこがれていたし、研究が好きなので。でも、今は悩んでいる。ポストとかも限られているので、修士の後は就職も視野にいれながら」(4年生、大学院に進学予定)。

 研究者たちの窮状を肌身で感じ、現実的な選択をせざるを得なかった学生たちも少なくないようだ。脇さんの担当教員も「“就職先で頑張ってね”とは言いますけど、“就職先さえあるんだったら進学したかったのに”という子もたくさんいると思います。すごく残念ですけど、こちらも就職先を保証できないので、(進学を)強くは言えない」と話す。

アルバイトで食いつなぎ、論文執筆もままならない日々…“国策“が生んだ、行き場を失う博士たち

 「いろいろ難しいことが起こると思いますけど、ぜひがんばって学問の道に進んでいってくれたらなと」。脇さんは博士課程に進む予定の後輩に頼まれ、九州大学のキャンパスでドイツ語の勉強会も開く。しかし、後輩は脇さんの境遇を目の当たりにし、気持ちが揺れている。「30歳までは続けるかもしれないですけど、その先、非常勤で粘れるかというと現実的には難しいと思いますね。正直、40歳までは粘らないと思いますね」。

 “現場”となった研究室のあったキャンパス跡地に足を運んだ脇さん。研究職を夢見ながらも叶わないまま、解体作業が進むこの場所で焼身自殺を図ったとみられる男性は、46歳の誕生日を迎えたばかりだった。

 「こっちの方を向いてしまったら、そっちしか歩けなかったという感じですね。こんなに長くお世話になるとは思ってなかった」。この場所で12年間の研究生活を送った脇さんも、男性の年齢が近づいている。国が描いた青写真と、厳しい現実とのギャップ。その狭間で、博士たちがさまよい続けている。

(九州朝日放送制作 テレメンタリー『さまよう博士』より)

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