増える豪雨災害、命が失われる前に「守ってもらえる」という発想からの転換を
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 最上川舟運が盛んだった山形県戸沢村。その支流、角間沢川が流れる蔵岡地区では、氾濫による住宅への浸水被害が過去30年で7回起きていた。

 自宅が川に面する斎藤秀勝さんは過去の経験から「ここは昔から水害地だから。床は1枚1枚、外れるようになっていて、いつもだったら時間があるから畳とかも上げて避難できる」と水害への備えについて説明する。

 しかし去年8月、地区は斎藤さんの想定を超える大雨に見舞われる。しかも、1か月の間に2度も…。全国で相次ぐ豪雨災害。かけがえのない命を、いったい誰が守ってくれるのだろうか。

■増強したはずのポンプの処理能力の限界を超えた降雨

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 去年8月6日、山形県を襲った記録的な大雨で、蔵岡地区では全体の8割を超える66世帯が浸水した。ボランティアも駆けつけて復旧作業が進み、日常を取り戻しつつあった31日、再びの大雨で蔵岡地区は再び水に浸かった。

 1回目の水害の際に記録された24時間雨量は、この地域で観測史上1位となる366ミリ。それでも住民は、これほどの被害が出るとは予想していなかったという。その理由が、国が約14億円をかけた水害対策の一つとして排水能力を4倍に強化したポンプの存在だ。しかしポンプはこの日、停電のために動かなかった。

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 高齢の両親と3人暮らしで、これまで通り2階に避難するつもりだったという斎藤さん。「梅干があるんで、それをとりあえず上げないとダメになる。でも、それをやっている間に、もう一瞬で水が。今までは2時間、3時間だったのが、本当に5分、10分で一気に上がった」。

 山形県によれば、この時、決壊の恐れはなかったというが、下流には、かつてないほど大量の水が流れていたという。「ここから逃げる気はなかったけど、夜中3時ごろかな。“上の堤が決壊する”と。あれが破れれば家は絶対に流される。2階にいても無理。だから父親にも“死ぬのと家を離れるのと、どっちがいい”と。“じゃあ、しょうがねえ。逃げるか”って」。(斎藤さん)

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 住民説明会の模様を収めた音声には「1人とか2人とか死亡者が出て流されたなんてなったら大変だよ、あんたら」「雨が降るたびに不安で不安で、もうあそこに暮らさなきゃいけないのかと思うと不安で不安で私は生きた心地がいたしません」など、怒り、悲しみの声が収められていた。

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 また、2回目の水害の時には正常に動いたものの、24時間雨量が165ミリを記録し、排水能力を超えてしまった。しかし、国土交通省新庄河川事務所の後藤浩志技術副所長(当時)は、限られた予算の中、今回のような記録的な大雨による被害を防ぐことは難しいと訴える。「確かに、せっかく新しいものつくって、みんなが期待している中の出水。それが停電というのは、誰だって怒りますよね。ただ、そうはいっても今回の雨については、どうしようもなかったということです」「ちゃんとポンプを稼働して、一生懸命排水作業をして、それでもあれと同じ雨が降ったら、できない、という状況になるのだと思う」。

■「人は自分が災害で死ぬなんて思わない。自分のリスクは理解できない」

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 戸沢村にとっても、多くの課題が残った。災害が起きることを想定し、発生の72時間前から関係機関や住民は何をすべきなのかをマニュアル化した行動計画「タイムライン」を活用できなかったのだ。理由は、危機対策担当の職員6人のうち、3人が異動してきたばかりだったからだという。

 「マニュアルを一つずつチェックしながらいけばいいわけなんですけど、1年目と2年目の職員しかいないということで、その存在自体を知らなかった」(西嶋洋危機管理室長)。経験不足に加え、深夜の作業で情報収集に手間取り、村が全域に避難勧告を出す40分以上前には、すでに角間沢川は氾濫していたとみられている。

 「状況見てないでしょ」「短時間で水位が上がったということに関して危機管理課では理解していたんですか?してなかったでしょ」。住民説明会に集まった住民たちは、溜まっていた不満を西嶋室長らにぶつけた。

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 その後、山形県は蔵岡地区を囲むように「輪中提」という堤防を造る方針を提案。斎藤さんの家は整備に伴い移転することになった。「ある程度やってもらえれば安心は安心できると思います。この堤防から最上川があふれるくらいの水はちょっと考えられない雨の量なんで。よっぽど何か間違いない限りは安心できる」。

 しかし、あの時、確かに危険は迫っていた。戸沢村の渡部秀勝村長も「堤防をどこまでやってもきりがない。これ以上、上げろ上げろと言っても出来るわけがない」と対策の限界を認める。

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 長年、防災の取り組みが行政主導で行われてきた状況に警鐘を鳴らすのが、防災教育などに取り組んでいる東京大学大学院の片田敏孝特任教授だ。

 「日本の避難は非常に多くのことを行政にゆだねている。危ない場所を何とかしてくれるのは行政。危ない場所を教えてくれるのは、ハザードマップをくれるのは行政。逃げなきゃいけない時に逃げろと言ってくれるのは、避難勧告を出すのは行政。逃げたら逃げたでお世話をしてくれるのは誰か、それも行政。あなたの命を守ってくれるのは誰かと言ったら、思わず行政と言いがちだ。日本の防災はそれほど行政に大きくゆだねてしまっている。それを断ち切ることだ」。

 そして、「自分が災害で死ぬなんて思わない。自分のリスクは理解できない」として、異常事態における人間の心理を次のように指摘する。「人間というのは、堤防が出来たりポンプが出来たりと、人為的な安全が確保されれば、とかくそこにゆだねてしまう心が芽生えるもの。それが逃げないという行動になるし、かえって被害を拡大しかねないという危険をはらむ」。

■「行政が守る人、住民は守ってもらう人という位置付けは間違い」

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 排水ポンプによる対策の限界を示す事例は、西日本豪雨の被災地となった広島市にもある。およそ36億円をかけて機能を強化したばかりの矢口川の排水機場が、いざ稼働させると正常に動かなかったり、泥水を吸い込んで故障したりするといったトラブルが発生。住宅街が浸水したが、この記録的な大雨ではどうやっても被害を防げなかったという。

 広島県熊野町の桐岡幸恵さんは去年7月、この豪雨で夫の勝治さんを亡くし、今は町内の県営住宅で一人暮らしをしている。当時、自宅は住宅団地「大原ハイツ」にあり、最終的に12人が犠牲となった。しかし、当初はそれほど危機感は無かったと振り返る。「あんまりひどいとは思わなかった。何か防災アラームみたいなのが携帯に入って、“あ、ひどいのかな”と」。

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 次々と入ってくる災害情報への対応が追い付かないまま、その後、状況は一変する。「“大丈夫。ここまではこない”と主人が言うし。これは言っても聞いてくれないなと思いながら、2階に上がって窓を開け、数秒した時に上からすごい音がして崩れ出した。“これはいけん、主人の所に行かないと”、と思って階段を降りかけて、その途中で…」。

 土石流が家を襲い、桐岡さんは、近所の人に救助された。「息苦しいなと思いながら、あと5分誰も来てくれなかったら助かっていない」。

 熊野町が避難勧告を出したのは、当時の基準に達してから約3時間後の午後7時。その40分後には避難指示が出たが、桐岡さんはそれにも気付かず、午後8時すぎ、裏山が崩れたのだ。1階の居間でテレビを見ていた勝治さんは6日後、遺体で発見された。

 「やっぱり行政の人も、どこを基準に避難指示を出すか、迷うと思う。役場とかを頼るのでなくして、自己責任として自分から先に避難すべき。でも、当時は全然、そんな気はなかった。やっぱり自分の命は自分で守るしかない。どんなことがあっても自己責任だということは思った」。

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 住民が取るべき行動を理解しやすいよう、5段階の警戒レベルで発表する取り組みが始まった。戸沢村でも、今回の水害を教訓に、緊急時の職員招集などについての対応を見直すとともに、災害に自ら備える住民意識の向上を訴えている。

 「去年、この辺まで水が来て、やっぱり危ないんだなと。今まで安心しすぎたという感じ」、「まだ大丈夫、まだ大丈夫という感じだった。気づいたら水が腰のあたりまで。役場の判断もあるが私だったら自分の判断で逃げる。自分の命は自分で守った方が良いとつくづく思った」と、認識を改めた住民もいるようだ。

 「行政が守る人、住民は守ってもらう人という位置付けだった。それは間違い。もうそんなことは言っていられない。行政も頑張る、住民も頑張る。でも、それでも守り切れない事態がある。だからこそ両者が一緒になって災害に向かい合えるような地域社会をつくっていかなければならない」(片田氏)。

 今年も大雨特別警報が発令された。命が失われる前に、自らも行動するという、防災意識への転換が求められている。

(山形テレビ制作 テレメンタリー『あなたの命が失われる前に~防災意識の転換点~』より)

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