今、格闘技ファンと関係者の間で「#フジノ、こっちおいでよ」のハッシュタグが話題を呼んでいる。これは12月8日のパンクラス・新木場スタジオコースト大会で行なわれる女子ストロー級暫定王座決定戦、藤野恵実vsチャン・ヒョンジの告知映像につけられたフレーズ。試合のポイントは、15年を超えるキャリアを持つ藤野が初めてのチャンピオンベルトを巻くことができるかどうかだ。
映像の中で藤野は言う。
「ここまで執着しているものは他にない。どんな人よりもどんな物よりも執着したのがベルトですね」
海外も含めさまざまな団体で闘い、タイトルマッチは4回。それでもベルトに届かなかった。女子ファイター仲間で集まると、藤野だけタイトルホルダーではないこともある。
「悔しいですよね」
その思いを、周りのチャンピオンたちも知っている。VTRには、藤野と練習をともにする各ジャンルの選手が登場、その人となりを語るとともにエールを贈っている。“ベルトを持つ人間の世界”に来てほしい。そこから見える景色を藤野に見てほしい。そんな思いが込められた言葉が「#フジノ、こっちおいでよ」なのだ。
RIZIN女子スーパーアトム級王者、浜崎朱加は、藤野を「誰よりも努力してる。絶対に(ベルトを)獲るべき選手」だと語る。浜崎は藤野の初タイトルマッチの相手。当時から圧倒的な強さを誇っていた浜崎に食い下がる藤野の姿が印象的な一戦だった。その激闘を経て、今の2人は“盟友”とも言える関係になっている。
RISE QUEENアトム級チャンピオンのキックボクサー・紅絹は、藤野を「誰よりも格闘技が大好き」な人間だと言う。
「朝5時まで飲んで、なんで7時、8時からの練習行ってるんだって(笑)」
ボクシングのWBO世界スーパーフライ級王者・吉田実代は「藤野さんは行動でみんなの心を動かしてきた。そうさせるのが人柄」だと藤野を讃えた。
1980年生まれだから、藤野は39歳。しかし年齢を言い訳にせず隠そうともせず、勝利した後に「ババアなめんな!」と叫んだことも。ファイトスタイルは端的に言って“愚直”だ。殴って、組み付き、金網に押し込んで倒す。相手の攻撃をどれだけ喰らっても前に出ることをやめない。試合が終われば顔を腫らし、その姿を堂々とSNSにアップする。男も女も年齢もなく、藤野恵実は誰が見ても魅力的な“ファイター”なのだ。
愚直とは、センスや小手先の技術に頼らないということだ。つまりは“しんどい”試合である。“しんどい”試合は、練習をしていない選手にはできない。日本を代表する女子格闘技のチャンピオンたちが藤野を愛し、応援するのも、単に一緒に練習して仲がいいからではないだろう。藤野がどれだけ練習しているか、格闘技に人生を捧げているかを見ているから、絶対にベルトを巻いてほしいと願うのだ。
実は浜崎、紅絹、吉田のコメントは、藤野に内緒で撮影されたものだった。VTRを見た藤野は、驚きとともにツイッターにこう記している。
誰よりも強くて最高に優しいこの仲間たちの中に私も入る。
同じ景色が見たい。
何よりベルトが欲しい。
私がPANCRASEのチャンピオンになる。
これまで費やしてきたすべての努力、あらゆる犠牲をチャンピオンベルトという“形”にできるか。試合を終えた時、藤野にはどんな景色が見えているのか。その闘いは我々の心を揺さぶるものになるだろう。
文・橋本宗洋