東京女子プロレスは極めて個性的な団体だ。選手のキャラクターが濃く、エンターテインメント性も強い。グラビア出身のまなせゆうなは胸で相手の蹴りをはじき返し、同じように辰巳リカのヒップアタックはこのリングで何よりも硬い。それは越中詩郎とタッグを組んだこと、その試合の前に“尻特訓”をしたことによる。その辰巳の尻と同じくらいの硬度を誇るのが伊藤麻希の「アイドル界一デカい」と言われた顔面(から繰り出す頭突き)だ。
エンターテインメント性が強い=フィクション性が強いとも言えるわけで、マジメなプロレスファンなら顔をしかめるところだろう。が、プロレスの自由さを愛する者にとってはたまらない。突き詰めれば“何も誇張されていないプロレス”などあるのかという話でもある。フィクション性、エンタメ性の中に“リアル”が垣間見えることがプロレスの醍醐味という見方もできる。
たとえば沙希様だ。東京女子プロレスに美しさと強さを広めるために「おフランス」はパリからやってきた沙希様は、写真を見てもらっても分かる通りDDTの赤井沙希とは別人であり、「様」までがリングネーム。ありがたいことに呼び捨て可なので、ファンは「沙希様!」と声援を送る。
いかにもネタ的なキャラのようだが、実際はそうとも言えない。長い手足を活かした打撃と関節技を得意とする沙希様と闘うことで、東京女子の選手たちは成長していった。沙希様に結果でも内容でも負けないようにすることが、バラエティ色あふれる東京女子の中で一つの“軸”になっていると言ってもいい。その闘いと成長はやはり“リアル”なのだ。
沙希様と組むことで飛躍するレスラーもいる。昨年引退した滝川あずさ(アズサ・クリスティ)、ハイパーミサヲ改め操は沙希様とタッグ王座を保持した。どちらもキャラ先行と思われていた選手で、沙希様は彼女たちの中で育ちつつあった“力”を引き出したのだ。
ただ沙希様と組むことで“覚醒”を促されても、最終的には独り立ちしなければいけない。いつか別れの時がやってくる。そこもプロレスの“リアル”で、レスラー人生を最後まで“沙希様の手下”で過ごすことはできないのだ。操にも、その時がやってきた。
アイディアと笑いに満ちた試合を繰り広げてきたハイパーミサヲが結果を求め「沙希様のもとで強さを学びたい」とリングネーム、コスチュームを一新したのが今年3月のこと。腕への一点集中攻撃を主体にしたシビアな試合ぶりに加え必殺技が増え、ベルトも巻いた。中島翔子のシングル王座に挑戦してもいる。
だがライバル・辰巳リカとの闘いの中で“ハイパミ”時代の技を出すようになり「過去の自分も今の自分も否定せずに生きたい。沙希様の美学より自分の美学、自分の道を選びたい」という言葉も。ファンからも“ハイパミ復活”を望む声が高まっていた。結果は出せなくても、ファンはハイパミの楽しいプロレスを愛していた。操としての活躍を経た今なら、結果を出しながら楽しいプロレスをしていくことも可能だろうと思われた。
12月7日の原宿大会で、操は沙希様と直接対決。沙希様にとっては、自我に目覚めた操への“制裁”マッチという意味合いだった。いつもと変わらぬ厳しい攻撃で勝利した沙希様だったが、操も大善戦。ハイパミ時代の必殺技「アイアムアヒーロー」も繰り出して沙希様を追い込んでいた。
沙希様も操の実力を肌で感じたのだろう。あくまで沙希様らしく「あなたのことなんてどうでもいい。あとは勝手になさい」と別れを告げた。インタビュースペースでも「もう操さんに興味なんてなくってよ。どこにでも旅立ってちょうだい」。そして沙希様自身は、今年いっぱいで「パリに帰ることになった」という。ひとまず、東京女子での役割を終えたということだろう。
さまざまな選手と組み、闘い、成長させて、しかし最後はひとり。それが沙希様である。その“孤高”ぶりもまたファンの胸に刺さる。沙希様という存在は虚構かもしれない。しかし東京女子プロレスのリング上とファンにとっては欠かせない存在であり、間違いなく“実在”するのだ。なお年明け早々のビッグマッチ、1月4日の後楽園ホール大会には、赤井沙希の出場が決まった。それが東京女子プロレスというものだ。
文・橋本宗洋