平日の興行としては珍しいほどの大入りだった。12月25日、FREEDOMS恒例の葛西純プロデュース興行だ。1534人、超満員札止め。都合が悪く観に行けなかった者も含めればそれ以上の人間が「クリスマスといえばデスマッチ」なのである。とりわけ今年は、ファンにとって「見に行かなければいけない大会」だった。主役である“デスマッチのカリスマ”葛西が、今大会で長期休養に入るのだ。
「いつまでも葛西純のデスマッチを当たり前に見られると思うなよ」
今年の夏、葛西はファンにそう訴えている。椎間板ヘルニア、さらにケイ椎ヘルニアで体は限界に達していた。回復を待ち、万全な状態でリングに戻ってくるための前向きな休養。とはいえファンとしてはしばらく葛西の試合を見られなくなるのだから今回は見逃せない。しかもタッグパートナーは、葛西が「宿命のライバル」と呼ぶ伊東竜二(大日本プロレス)だ。葛西が“伝説のバルコニーダイブ”を繰り出し、プロレス大賞ベストバウトを受賞した試合の対戦相手だ。
誰もが予想しなかったドリームタッグと闘ったのはFREEDOMSの常連外国人、「ロス・ノマダス」のミエド・エクストレモ&シクロペ。デスマッチのタッグとして世界最高レベルの2人を相手に、葛西&伊東は初っ端からダブルのドロップキックを繰り出すなど息の合ったところを見せる。ライバルだからこそ通じる阿吽の呼吸だ。
葛西はリング上にラダーを設置、そこからリング下にテーブルクラッシュダイブするなど欠場前とは思えない動きを披露している。リングとしばしの別れ、横には伊東がいる。このシチュエーションで気合いが入らないわけがない。
ただ、コンディションが万全ではない選手が勝てるほどノマダスは甘くなかった。攻撃にせよ受けにせよ、痛みに自ら飛び込むような狂いっぷりは葛西&伊東にまったく引けを取らない。剣山に注射器、カミソリ十字架ボードを駆使したハイテンションの攻防は、シクロペが葛西を下して終わった。フィニッシュはラダーから蛍光灯を抱えて飛び込むダイビング・ボディープレスだった。
(メインでは須郷らが王座防衛。エースと呼ぶにふさわしい試合だった)
試合後、リングでの葛西は無言。トレードマークのゴーグルをマットに置き、四方に礼をしてバックステージへと引き上げた。ファンに伝えたい言葉もあったはずだが、敗者が自己主張するわけにはいかないということか。それもまたレスラーとしての美学だろう。
インタビュースペースでは「自分にハッパをかけるつもりでパートナーに伊東を指名して、伊東の前では無様な姿をさらすわけにいかねえと思ってたけど……無様だったな」と葛西。しかし当然、このままで終わるつもりはない。
「伊東竜二と、この後楽園でベストバウト取ったのが10年前。この10年で衰えたとは思われたくない。伊東とも、団体は違えどどっかで闘ってる部分はある。10年前にも言ったけど、今日が終わりじゃねえ、今日が始まりだ」
伊東も「こんなところで終わってたまるか」。2人の闘いもライバル関係も、何一つ終わらない。加えて重要なのは。この葛西の試合がセミファイナルだったことだ。注目度としてはメインでもおかしくなかったが、興行を締めるのはあくまでタイトルマッチだ。団体のシングル王者・杉浦透にビオレント・ジャックが挑んだデスマッチは、セミを超えるほどの大熱狂を呼んだ。
FREEDOMSを代表する選手の一人とも言えるジャックに対し、初防衛戦の杉浦も堂々たる王者ぶり。24分19秒、ノンストップの攻防を制してみせた。デスマッチでは攻撃した際にうまく蛍光灯やガラスが割れない時もあるのだが、そこですかさず次の攻撃(動き)でリカバリーする落ち着きも出てきた。以前は潜在能力を出し切れていない印象があったが、ファンはこの試合で杉浦が新たなエースであることを確信したのではないか。
「これからのFREEDOMS、ある男がいなくなってピンチかもしれない。だけど安心しろ、このリングには杉浦透がいる!」
葛西の休養を踏まえてのマイクも文句なし。ジャックに讃えられて泣いてしまう場面もあったのだが“鉄壁”ではないところも今は魅力になっている。ここからしばらく、FREEDOMSは“カリスマのいないリング”となる。しかしマイナスを埋めるだけの成長を果たした杉浦の姿は、全デスマッチファン、プロレスファンに見てもらいたい。
文・橋本宗洋