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 「何かが起きる雪の札幌」だが、番狂わせは起きなかった。しかし「2020年、何かが起きるプロレス」を予兆させる一戦だった。

 2月2日に札幌きたえーるで開催された新日本プロレス「THE NEWBEGINNING in SAPPORO ~雪の札幌2連戦~」。メインイベントのオカダ・カズチカとタイチのシングルマッチは、オカダがレインメーカーからの片エビ固めで30分53秒の激戦を制した。

 札幌からほど近い石狩市出身のタイチと、IWGP王者陥落からの再起を誓うオカダのシングル戦。今回大きくフィーチャーされたのが、トップ戦線にいながらも交わることの無かった2人の「12年ぶりの一騎打ち」の裏に秘められた歴史的な因縁だ。

 2008年4月12日蓮田市総合市民体育館の第1試合。岡田かずちかは、新日本プロレスでの再デビュー戦で、6年のキャリアを持つ石狩太一とシングルで対戦し敗れている。黒タイツのヤングライオン・オカダと、白いロングタイツで眼光鋭い若武者・タイチの姿は、公式動画で今でも観ることができる。

 石狩太一は2001年に全日本プロレスに練習生として入門。その後付き人を務めていた川田利明を追ってフリーとなり、他団体を渡り歩いた末に2006年から新日本プロレスに参戦した。一方、2007年に闘龍門を経て新日本へ移籍し再デビューしたオカダ。キャリアは違えど、共に同時期を若手として過ごした外様組という共通点もある。しかも2010年1月19日、全く同じ日にオカダはアメリカへ、タイチはメキシコへの武者修行に旅立った。

 階級は違うが新日本のリングで同じスタートラインに立っていた2人だが、帰国後IWGP王者として団体の顔となったオカダに対して、タイチが実績面で水をあけれらたのは周知の事実だ。しかしヘビー級に転向以降、タイチも鈴木軍の一員として、介入や反則行為を躊躇なく行うダーティーなスタイルに加え、ビッグマッチで魅せる実力への評価は年々高まっている。

 レスラーとしての引き出しの多さに「プロレスIQが高い」という表現が使われることもあるが、この試合でのタイチはまさに自身の「プロレスIQ」を総動員するパフォーマンスを見せた。ゴングが鳴る前に襲撃。前日のタッグ戦から痛めに痛めつけたオカダの首を集中的に攻め、昨年引退した鈴木軍の同士、飯塚高史の置き土産「アイアンフィンガーフロムヘル」を振り回し、ディーヴァのあべみほを盾にした。使えるものは全て使うズルさはタイチの真骨頂だ。

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 しかし、ただ小狡いだけではないのが、今のタイチである。試合前に口にした「人生はチャレンジだ」という、ジャイアント馬場からジャンボ鶴田へと継承された言葉が予告であったかのように、全日育ちのタイチが存分に「イズム」を継承するようなプロレスを展開する。

 師匠、川田利明仕込みの角度のあるデンジャラス・バックドロップやジャンピングハイキックは既定路線だが、オカダのクビへのダメージ蓄積を狙ったジャンポ鶴田ばりの拷問コブラで締め上げると、観客からどよめきが起きる。

 聖帝十字陵(ストレッチプラム)、さらに高角度のデンジャラス・バックドロップ2発から、ジャンボ鶴田オマージュの「オー!」で観客にアピール。鶴田の得意技、バックドロップホールドまで披露した。エルボーの打ち合いでは、所作を限りなく似せた三沢光晴の代名詞・エルボーまで飛び出し、解説のミラノコレクションA.T.は、その姿を「ひとり全日本プロレス」と命名した。

 自らのルーツ、さらにはプロレス人生を投影したような大技を次々と繰り出しタイチ式ラストライドでオカダからあわやの2.9カウントを奪うと、長年「帰れコール」を受けてきた男へ、地元ファンからエールの「レッツゴー・タイチ」コールが巻き起きる。

 タイチが攻めに攻める展開だったが、それに耐え抜いたオカダの爆発力は凄い。30分経すぎ、タイチの天翔十字鳳(トラース・キック)を強引に持ち上げ、ツームストン・パイルドライバーを放つとレインメーカー1発で、試合を決めた。

 試合後にマイクを取ったオカダが「気になる人物はアントニオ猪木」と叫び、様々な憶測を呼んでいる。オカダの次なる布石へのフラグとして色々想像してみるのもプロレスの楽しみ方だと思うが、個人的にはタイチが示した「全日イズム」に対しての、オカダなりの「新日イズム」=アントニオ猪木へのオマージュだったのではと思った。

 恐れずに言うと、30分間相手のワザを受けて耐え、最後の50秒、レインメーカー一発で逆転するオカダの凄みは、かつての猪木が体現した、相手の魅力を引き出して延髄斬り1発で倒すスタイルの投影に思えたからだ。

 むしろ気になったコメントは「ベルトがないので好き放題やらせてもらいますよ」という、もう一つのオカダの言葉だ。先月の「2019年度プロレス大賞」授賞式で、オカダは他団体とのオールスター戦を一案としてぶちあげた。この言葉にノアの清宮海斗、全日本の宮原健斗、2人の王者もいちレスラーとして共鳴している。

 タイチを封じ込め、結果だけ見れば、いつものオカダが勝って「何も起きなかった札幌」だった。しかし2020年プロレス界の大きなうねりの予兆を感じさせるメッセージがこの試合には込められていたように思える。

文/早坂ヒデキ

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