「ピスト」と呼ばれる競輪の競技用自転車は空回りのしない固定ギアになっています。
ブレーキが付いていないため、減速する場合はペダルをうしろへ踏みます(このことを「バックを踏む」と言います)。
ギアは固定されるとはいえ、走る前に大きさを変えることは可能です。クランク側(ペダル側)のギアは「大ギア」と呼び、スプロケット(歯車)の歯数は44から55まで。後輪ハブ側のギアは「小ギア」と呼び、歯数は12から16まで変えることができます。
この前後2枚のギア、大ギアと小ギアの比率を「ギア倍数(ギア比)」と言います。
つまり「大ギアの歯数を小ギアの歯数で割って得た数値」がギア倍数で、各選手はレース前にギア倍数を申告しなければなりません。数値は前日に発表される出走表に記載されますが当日でも変更が可能であり、その場合は場内放送などで別途告知されます。その情報は競輪公式サイトやインターネット投票サービスのサイトにもすぐに反映されます。例えば『WinTicket』なら「出走表」の一番右にある「ギア・コメント」をクリックすると表示されます。
前述の使用可能なギアの歯数を考えるとギア倍数の最大は55÷12=4.58、最小は44÷16=2.75になります。しかし2014年12月31日の開催から男子選手は4.00未満(実質最大3.93)、女子選手は3.80未満(実質最大3.79)という規制がなされ、その制限下でギアを選んでいるのです。
規制の範囲内であればどの組み合わせを選んでもいいのですが、男子選手は「3.92(大ギア51÷小ギア13など)」、女子選手は「3.77(大ギア49÷小ギア13)」を使用することが多いです。
その昔、ギア倍数3.57が主流の時代がありました。
ギア倍数は大きいと踏み出しは重いけど(加速はいいけど)スピードに乗れば最高速を持続しやすい(持久力がある)。市販されている自転車の5段変速の5だと思っていただければわかりやすいかと。逆に小さいと踏み出しは軽いけど、最高速を保つのが難しい。5段変速の1。その加速と持久力のバランスが良いのが3.57だったのです。
ところが2012年頃、山崎芳仁選手(福島県・2020年2月現在S級1班所属)が4.00というギア倍数でタイトルを量産したことでまねる選手がたくさん出て来ました。ギア倍数4.00が主流の時代に突入です。
ギア倍数4.00とはペダルを1回転すると後輪が4回転するということ。いわゆるママチャリのギア倍数は2.21くらいらしいので、比べるとかなり踏み出しが重いことがわかります。しかし一旦スピードに乗ってしまえばペダル1漕ぎで車輪が4回転してくれますから、1漕ぎで2回転しかしないギアより2倍も燃費が良いということになります。周回中は脚が温存できるし、最高速も高まる。
結果、4.00は流行したのですが、急な減速に対応しづらいために落車が増え、速度の加減が難しいために駆け引きの少ない単調なレースばかりになってしまったことを憂慮し、前述した制限が設けられたのです。それでもやはり倍数の大きなギアのほうがいいということで男子は3.92、女子は3.77という上限に近いギアを使うのが主流です。
ただし全員が全員、同じギア倍数を使うわけではありません。男子なら3.92よりちょっと低めの3.86や3.85を使う選手もいますし、女子なら3.77よりちょっと低めの3.71や3.64を使う選手もいます。その理由はなんでしょうか?
先行選手は自分のタイミングで踏み出しを決められるので加速は重視せず、トップスピードを維持しなくてはならないので持久力を高めるため、倍数の大きなギアを使うことが多いです。対して番手の選手は先行選手の急な踏み出しに付いていかないとならない上、一気にトップスピードまで加速しなければならないため、倍数の小さなギアを使うのが一般的です。
このギア倍数をいつもと変えたり、当日変更することがあります。
例えば先行の選手がいつもよりもギアを下げた場合、どのような戦術が考えられるでしょうか?
ギアを下げるということは「急な加速をしたい」という表れ。逃げのラインが油断したタイミングで一気の捲りをかますという戦術が考えられます。しかし単に練習のしすぎで脚が重いため、ギアを下げた可能性もあります。
さあ、アナタはどちらと読みますか?
例えば先行選手がさらにギアを上げて、番手選手もギアを上げたとします。とにかく「最高速に上げて持久力勝負」をしようという表れ。Sを取って(誘導のうしろを取って)つっぱり先行か、後団から早めのカマシか、いずれにしても大逃げを打つという予想ができますが、番手の選手が同地区じゃなくて捲りの決まり手を持っていたりすると、番手捲りに打って出るんじゃないかという予想も立ちます。
さあ、アナタはどちらと読みますか?
ほかにも単騎の選手がギアを上げたら捲り一発狙いだろうとか。ヨコの脚もある先行選手がギアを下げたら番手を競りに行くんじゃないかとか。ギア倍数は競輪の予想によい一層の深みを与えてくれます。競輪がもう一段おもしろくなりますので、チェックすることをオススメします♪
文・ウエノミツアキ