最近、SNSで業界外をザワつかせたプロレスラーがいる。DDTグループの東京女子プロレスに所属するハイパーミサヲだ。
コミカルかつアイディア満載の試合で知られるミサヲ。葛西純とのハードコア対決では自転車での“階段落ち”を敢行。さらに「チョコシュー1袋食べきらなければフォールカウント無効ルール」で“デスマッチのカリスマ”を苦しめた。
そんなミサヲがツイッターで明かしたのが、投稿歌人だった10代の頃のエピソードだ。「穂村弘先生のやばいオタク」だった彼女は冬野きりんの名で短歌を投稿。書籍の帯にその作品が使用されたこともあったという。冬野きりんの繊細さとエキセントリックさを讃える声は、今もネットで見ることができる。
大学卒業後、引きこもりだった時代に偶然、DDTの路上プロレスに出会い、プロレスを志すことになった。当時、その短歌のファンだった人間にとっては「あの冬野きりんがプロレスラー!?」という驚愕のニュースだっただろう。
「まさかあんな繊細な作風の少女がその後こんな仕上がりの女子プロレスラーになるとは。冬野きりん=ハイパーミサヲ短歌界隈の夢を破壊」
そうミサヲ自身も書いていた。ただ現在の“文化系女子レスラー”ぶりを知る者としては驚きと同時に納得度も高い。ミサヲがプロデュースする大会を見てみたいと思うのは筆者だけではないだろう。スーパー・ササダンゴ・マシンは、ミサヲにこんなリプライを送っている。
「『どうりでこの人は面白いわけだ!』と膝を叩きました! いつかひらがなまっするのゴーストライターをお願いします!」
DDTが生んだ最大のクリエイターからの、最高級の賛辞だった。この団体(グループ)では、選手だけでなくクリエイター/プロデューサーとしての能力も重視される。マッチメイク、演出、ファンサービス。それらすべてがDDTのプロレスを構成しているのだ。毎年恒例のビアガーデンプロレスでは、選手・ユニットごとのプロデュースデーも設けられている。
女性ファン限定大会『BOYZ』では、昨年から彰人がプロデューサーに就任。DDT経営のスポーツバーで店長を務めた経歴もあり、ファンの声を他の選手以上に聞いてきたのだろう。過去の『BOYZ』はいわゆる“イケメン”路線だったのだが、彰人は「誰もが誰かにとってのBOYZ」と、出場選手の幅を広げている。選手ポートレートの撮影にも立ち会うなど、その本気度は相当なものだ。
(“俺たちのガンプロ”を叩きつけた6人タッグ・ワンマッチ興行)
現在のDDTグループでは、マッスル坂井(ササダンゴ)に続く新たなクリエイター/プロデューサーの成長が大きな見どころになっている。ガンバレ☆プロレスのレスラーでDDTの映像スタッフでもある今成夢人は昨年、自身の性癖を全開にしながらも感動的な『ぽっちゃり女子プロレス』を成功させた。2月2日には王子ベースメント・モンスターでワンマン興行『全身今成』をプロデュース。RPG仕立ての構成の中で過去のトラウマと向き合い、リングの上で“自画像”を描くという実験的な“作品”だった。
この2月2日の王子大会、朝9時30分からの今成興行からガンプロのイベントが4つ連続で開催された。勝村軍vs翔太軍の6人タッグ・ワンマッチ興行、ガンジョことガンバレ☆女子プロレス、そしてガンプロ正規興行である。
ワンマッチ興行、勝村周一朗&伊藤崇文&砂辺光久に対するは翔太&三富政行&朱里。勝村は修斗で世界のベルトを巻き、砂辺は元パンクラス王者だ。伊藤もパンクラシストとして知られ、朱里はKruh、パンクラスで王者となりUFCに参戦したキャリアの持ち主。ここに学生プロレス出身で最大の武器が“プロレス頭”の翔太と三富が絡むのだから異色中の異色。だからこそ新鮮で意外性に満ちた試合になった。しかも3本勝負の1本目がUWFルール、2本目がルチャリブレルール、3本目が通常プロレスルールという変則マッチ。
翔太曰く「1興行にプロレスの全部を詰め込んだ充実感があります」。勝村は「大家健、今成夢人のいないこのリングもガンバレ☆プロレスです」と語った。第3部、4部でメインに出場した春日萌花は「女子には女子にしかできないことがある」と言う。選手それぞれが“自分のガンプロ”を表現した4興行だった。
DDTといえば高木三四郎にマッスル坂井に男色ディーノ。現状、ネームバリューでも実績でもそう見られて当然なのだが、しかし新世代のクリエイター/プロデューサーは着実に育っている。レスリングや柔道を学んだレスラーはたくさんいるが“短歌出身”のレスラーはDDTグループだけだろう。しかもその経歴は、ここでは間違いなく大きな武器になるのだ。
文/橋本宗洋
写真/DDTプロレスリング