元警察官のトップ柔術家が「プロレスラーとして」RIZIN参戦 40代で夢をかなえた関根“シュレック”秀樹の劇的人生

(ビジュアルからド迫力。まさにプロ向きだ)

 2月22日、RIZINが初めて浜松大会を開催する(浜松アリーナ)。5大都市以外でのビッグマッチは、RIZINの今後の方向性を考える上でも重要だ。この大会で初めてRIZINに参戦、ロッキー・マルティネスと対戦するのが関根シュレック秀樹だ。

 関根は地元・静岡の選手で、かつては静岡県警の警察官だった。柔道経験者の関根がブラジリアン柔術を始めたのも、浜松のブラジル人コミュニティについて情報を得たかったからだという。柔術で全日本大会、アジア大会優勝という結果を残した関根。MMAでも活躍し、ONE Championshipにも出場。この時すでに43歳だったのだが、プロに専念するため警察を辞めたのも話題になった。

 RIZIN参戦発表の会見で、関根はこんなコメントを残している。

「警察官の時に補導、職務質問した少年たちに試合を見せたいです。“お前とよく話していた関根はこんだけ強いんだぞ”と」

 会見後にあらためて話を聞くと、警官時代の思い出を語ってくれた。

「少年飲酒だったり暴走族の現場にパトカーで行って、そこで何度も話をするような少年もいるんです。そこで“夢を持たなきゃダメだよ”とか“勉強なんてできなくてもいいけど、手に職つけて自分のやりたいことをやってたら、必ず幸せになれるから”という話をして。大人とうまく対話ができない子も多いんですけど、何度も会って話を聞いているうちに信頼関係ができるんですよ。大人は自分たちの価値観で上からものを言うけど、時代が違いますからね。子供には子供の世界の道理がある。それを聞いてあげると心を開いてくれるし、新しい世代の考えに自分がインスピレーションをもらったりもする。大人になった彼らに街で声をかけられることもあって嬉しいですね」

 記者会見では、そんな関根の横にケンカ三昧の少年時代を過ごしたことで知られる朝倉未来がいた。朝倉の出身地、愛知県豊橋市は浜松の隣でもある。

「面白いですよね。でもいろんな経歴の人間がわだかまりなく殴り合って、蹴り合うことで分かり合えるのも格闘技のよさじゃないですか」

元警察官のトップ柔術家が「プロレスラーとして」RIZIN参戦 40代で夢をかなえた関根“シュレック”秀樹の劇的人生

(得意技はオブライトと同じジャーマン)

 少年たちの心に寄り添ってきたのは、自身にも“荒れた”経験があったからだ。関根はもともとプロレスファン。特に高田延彦率いるUWFインターナショナル(Uインター)が好きで、トップ外国人ゲイリー・オブライトが憧れだった。ところが、Uインターは関根が大学4年の時に解散。目標を失った関根は、警察官になったものの「泣く泣く入った」ような状況だったという。

「荒れてたし、警察官としては問題児でした。だから不良と呼ばれる子たちがヤケになったり、世の中をあきらめちゃうのも分かるんですよ。だけどあきらめなかったら、めぐりめぐってこういう時もくるんですよね」

 こういう時、とは何か。一昨年、関根はプロレスラー・佐藤光留との出会いからプロレスイベント『ハードヒット』に出場し始めた。佐藤がプロデュースするこのイベントはロストポイント制の“UWF系”ルールを採用。40代で“プロレスデビュー”を果たした関根は感激で涙を流した。入場曲はオブライトのものを使った。プロレスラーとしての必殺技も、オブライトと同じジャーマン・スープレックスだ。

 そして今度は、高田のいるRIZINのリングへ。柔術の実績あっての参戦だが、関根は会見でこう言った。

「プロレスラーとしてバチバチの試合がしたいです。全部受け切って、俺が勝つ。気持ち的には自分はUWFなので。高田さんの目の前で“Uの遺伝子”を見せたい」

 40代になって警察を辞めるという人生の決断をしたことで運命が展開し、関根は若き日の夢をかなえたのだ。

「ハードヒットで、自分の本当の夢がかなったというか、帰結したというのか。もちろんRIZINもPRIDEの後継として見てました。警察のままだったらプロレスには出られなかった。格闘技の興行も、ノーギャラでも本部長までの許可が必要でしたから。許可が出ない時もありましたし」

 一つ迷っているのは入場曲だそうだ。オブライトの曲か、『キン肉マン』から選ぶか。

「保育園の頃、交通事故で足がちぎれるようなケガをしたんです。足を引きずって歩いていて、いじめられましたね。その時の心の支えが『キン肉マン』の超人たちでした。入場はオブライトの曲かキン肉マンか、ちょっと悩みますね」

 夢のような悩み、としか言いようがない。

文/橋本宗洋