ユニバーサル王座を争うクリスとは過去にも激闘 DDTプロレスリングが今年新たなタイトルを設立した。海外戦略の一環という意味も持つユニバーサル王座だ。2月23日の後楽園ホール大会で行なわれる初代王座決定戦カードは竹下幸之介vsクリス・ブルックス。KO-D無差別級王者として最多防衛記録を樹立したDDTの新世代エースと、イギリスの強豪。2人は過去の対戦でもアイディア満載の大激闘を繰り広げており、今回も期待値が高い。
「この試合一発で、ベルトの色を決めてやろうと思ってますね」
竹下はそう語る。考えているのは勝ち負けだけでないし、それだけの自信があるのだ。
「ユニバーサルと言えば竹下、もしくはユニバーサルと言えば竹下vsクリスというイメージでもいい。名勝負数え歌、映像が何度も何度も見られるような試合にしたいですね。WWEで言えばカート・アングルvsクリス・ベノワ、エディ・ゲレロvsレイ・ミステリオみたいな。ファンが多いベルトというか“このベルトのタイトルマッチは名勝負多いよね”と言われたい」
昨年11月の両国国技館大会で、竹下はHARASHIMAに敗れKO-D無差別級のベルトを手放した。しかしエースの座から落ちたという感覚は見ている側にもない。竹下が常に圧倒的な力量を示し続けているからだ。本人も「DDTと言えば竹下。そういうイメージになっているなというのは今が一番、感じます。最初は2016年にベルトを巻いて、2度目の戴冠で最多防衛して。いろいろ積み重ねてきたものが花開いてきた」と言う。ただ、現状に満足もしていない。
「国内での評価はついてきたと思うんですけど、今の時代は世界に向けての発信も大事なので。海外のプロレスファンにも“DDTには竹下がいる”というのを知らしめていきたい」
その意味でも、クリスとのタイトルマッチは絶好の機会だ。海外のファンに注目されやすく、また「クリスとは“いい試合”の概念が合うんですよ。過去2回試合してますけど、どっちもお互いのやりたいことができた」
では竹下にとっての“いい試合”とはどんなものなのか。
「もちろん試合中の歓声の大きさも大事なんですけど、僕は余韻のある試合が好きですね。
見終わって“いい試合だったな”と思える、“あの場面がよかった”“あれはどういう意味なんだろう”と語れる試合。最近の映画で言ったら、タランティーノの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』。2時間半以上あって、途中“ダラっとしてんな”ってところもあって、だけど全部終わってみると“いい映画だったな”“長いのにも意味があったんだな”という」
いかにも竹下らしい表現だ。さらにこう付け加えてもいる。
「クリスとも話をしたんですけど、今の時代はGIFっていうんですか、ああいうSNSの短い映像でインパクトを与える、拡散されやすいハイライト場面を作るのも大事ですよね」
(いい試合の表現にタランティーノを使うのが竹下幸之介の個性だ)
身長187cm、中学、高校と陸上で活躍した竹下だが、フィジカル以上に武器になっているのは“プロレス頭”だ。メインイベントでのタイトルマッチだけでなくコミカルな試合も女子との対戦もお手のもの。『まっする1』ではリング上で漫才も披露している。
「プロレスの可能性の探求ですよね。僕にとってはプロレスのリングで行なわれることはすべてプロレスなので。たとえそれが漫才でも」
フィジカルエリートである以上に、竹下は“エリートプロレスファン”なのだ。始めてプロレスに触れたのは「2歳か3歳」。アントニオ猪木vsグレート・ムタの映像を「仮面ライダーみたいな感覚で見てました。怖いもの見たさみたいな気持ちもあったり」。自分はプロレスラーになるものだと信じて疑わず、小学生になると地元の大阪プロレスが開いていたプロレス教室に通い始める。DDT入門を志願したのも小学生時代だ。
「当時モバゲーをやってて、そこで高木(三四郎。DDT社長)さんが選手を募集してたんですよ。“誰でも、何歳でも”って。それで応募したら“中学を卒業したら来てね”と。子供をたしなめる感じですよね。でも返事をくれただけでも優しいですよ。それと“何か部活で実績を残したら”とも言われたので、陸上部に入りました。最初は砲丸投げ。そこから混成競技に行って、日本ランキング1位になりました。“社長、お約束通り”と(笑)」
プロレスデビューは高校2年生。当時から将来を嘱望され“ザ・フューチャー”というキャッチフレーズがついた。さらに日本体育大学に進学。卒論はジャーマン・スープレックスの研究だった。この大学生活で、竹下は同世代のさまざまなアスリートと出会い、他競技、さらには世間を強く意識することにもなった。
「クラスがあって50音順なんですよ。僕のクラスは“た行”の一流選手がいっぱい。将来のJリーガーもいればプロ野球を目指す人もいて、僕はその中でプロレス代表みたいな」
他ジャンルの選手と接してみて感じたのは、プロレスラーへのリスペクトだったそうだ。
「アスリートだからこそ、プロレスラーの凄さがアスリート目線でリアルに分かるんですよね。“これだけ動いてまだ立てるのか!”“ここでこれだけ飛べる?”“乳酸たまってないの?”って。そういうふうに見てもらえるというのは、自分にとっても目からウロコで。まあ、プロレスっていうジャンル自体が日の当たらないものじゃないですか。だから前は野球やサッカーが敵だと思ってたんです。でもそうじゃないなと。野球選手やサッカー選手がプロレスラーの邪魔をしてるわけじゃない。だったらプロレスラー、プロレス界が自分たちの力で日の当たる場所に行けばいいんだって思います」
ちなみに陸上部で砲丸投げを選んだのは「アントニオ猪木がやっていたから」だそうだ。
「自伝を読んだら、ブラジルから日本に戻って、力道山先生に怒られて悔しい夜はブラジルの空に向けて砲丸を投げたって。このエピソードが好きで“俺もレスラーになって。東京で悔しいことがあったら(地元)西成を向いて砲丸を投げよう”と思ってましたね」
プライベートでは漫画を読みまくり(得意技の一つに“ファブル”と命名した)、映画を見て、ゲームをやって、DDTでサウナ部を結成した趣味人。と同時に「移動の半分はプロレスの映像見てますね。普段も毎日、最低2時間は見てます。1日6時間睡眠として、18時間は何かできるじゃないですか。NXTの中継がいつとか『週刊WRESTLE-1 TV』はいつ配信とか、今日は『インディーのお仕事』だなとか、だいたい覚えてますし」
端的に言えば、竹下は体がデカくて運動能力の高いオタクなわけだ。竹下自身「僕は究極のプロレスオタク」だと言う。
「ゲームで言うと、竹下幸之介というレスラーをエディットしてる感覚なんです。使う技も、トレーニングで理想の体を作るのもエディット。自分で自分をエディットしてるから、より人生かけてるわけです。もう後戻りできない。でも、そのぶん楽しいですよ」
竹下幸之介を“DDTらしからぬアスリートプロレスの選手”と捉えているプロレスファンもいるだろう。しかし知れば知るほど、彼はDDTの申し子なのだ。
文/橋本宗洋
写真/DDTプロレスリング