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 鈴木みのるとジョン・モクスリーの2人が、パックリ2つに割れたテーブルの破片で、互いに己の頭を何発も叩き奇声をあげ鼓舞する。

 ベルト乱立の批判のなか誕生した新日本プロレスのIWGP USヘビー級選手権が、ここへ来て多様性のあるプロレスの表現の場として、そのアイデンティティを確立しつつある。荒々しく激しいベルトのキャラクター性を高めているキーとなるのが、外からやってきた現王者・ジョン・モクスリーと、鈴木みのる率いる鈴木軍の抗争。新日スタイルでも無い、エクストリームな海外プロレスでも無い、表現者同士のせめぎ合いが織りなす物語だ。

 1月4日、前王者だった盟友・ランス・アーチャーがモクスリーのデスライダーで場外に叩きつけられ10カウントを聞いた直後に、鈴木が敵討ちを表明。ここから鈴木軍によるモクスリーへの手痛い日本での「おもてなし」は開戦した。

 元WWEスーパースターの地位をかなぐり捨て、新日本やAEWなど複数のリングで、己の原点ともいえるデスマッチ路線で輝きを見せるモクスリーと、近年世界の団体のリングに上がることで、その狂気のタレントに世界が注目しはじめたプロレス王・鈴木。2月9日新日本プロレス大阪大会で行われたこの2人のタイトル戦は、壮絶な喧嘩マッチであり、全世界のプロレスファンに問いかける問題作だった。

 モクスリーがリングではなく花道での戦いを要求すると、鈴木がパイプイス2脚を用意。両者がチャンバラのように振り回す。その後もフェンスや本部席を使った攻撃に、リングに上がるとグーパンチとエルボーでひたすら殴り合う。ともすると単調になりがちな展開だが、館内に魂のこもった鈍い音が響きわたる。

 場外に置かれたテーブルを利用したフロントチョークや、パイプイスを2つ使って相手の拳を砕く、そんな鈴木の狡猾なワザが光る。一方、腕を極められたモクスリーが力技で鈴木をテーブルに叩きつけ割れた破片が背中に突き刺さる。試合は荒れに荒れているのに、プロのラフファイター2人のアイディアの引き出しの多さに脱帽する。最後は17分鈴木がデスライダーで葬られたが、激戦を戦い抜いた51歳の敗者は、満足げに狂気の笑顔を浮かべていた。

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 冒頭に「抗争」と書いたが、この戦いは2人のプロレス・アーティスト互いのリスペクトが生み出した共同作品という側面もある。国境やスタイルの違うレスラー同士が、相手の持つ魅力を殺さずに職人技を出し切る。両者には目の前の観客と同時に、モニター越しに戦いを見つめる「世界中のプロレスファンを唸らせる」という明確なテーマがある。

 子どもの時から新日やFMWなど日本のプロレスの熱心な視聴者だったと公言するモクスリーには、日本で表現したいプロレスがあった。「オレにとっては、ソファに座ってピザを食ってビールを飲んでるよりも、もっとやりがいがある。オレは金を稼ぐためだけに日本まで来て闘っているわけではない」と日本リング参戦へのこだわりを明かす。

 対する鈴木も、キャリア円熟期に達した今、己のプロレスをグローバルに発信する伝道師になりつつある。不敵なパフォーマンス、高いサブミッション技術、無骨な打撃戦や反則攻撃、どこにもない「世界のスズキ」の戦いは海外ファンをも魅了している。ヨーロッパでもアメリカでもリングインでテーマ曲にファンが声を合わせ大合唱する「風になれ!」は、世界のプロレス会場の共通の儀式だ。

 ユニット間や団体でのポジショニングに囚われない、世界を又にかけたレスラーたちによるプレゼンテーションの場。モクスリーと鈴木の一戦は、IWGP US王座を「外国人レスラーが巻くなんとなく存在しているIWGPのサブブランド」という地位から、理念ある表現者のタイトルへと引き上げた。これに追随してモクスリーを狙う「鈴木軍3人目の刺客」は、英国の若き匠ことザック・セイバー・ジュニアだ。

 鈴木が敗れたあと、モクスリーを襲撃したザックは「よくもオレの仲間を2人潰してくれたな」とユニット戦争の一環としながらも「デスマッチでは(モクスリーに)殺されるが、リングの上のプロレス勝負なら話は別だ」と、ボス鈴木とは違う戦いを挑むことを宣言した。柔軟な肉体から繰り出す多彩なサブミッションと、鈴木軍仕込みのラフファイトという唯一無二のスタイルを構築してきたこの英国人と、モクスリーが織りなす化学反応は、また違ったディープなプロレス・アートを見せてくれることだろう。

 この抗争、現在は小休止だが、個々の選手は世界のどこかで熱い戦いを繰り広げ表現を磨き続けている。モクスリーは2月末のAEWの大会でクリス・ジェリコのAEW世界ヘビー級王座に挑戦する。一方のザックは、2月14日のレボリューション・プロレスリングのロンドン大会で、ウィル・オスプレイに敗れブリティッシュヘビー級王座から陥落したが、日英を又にかけオスプレイとのライバル対決も継続中だ。

 どの団体に所属するかが時として価値を決めるプロレスの世界だが、IWGP USヘビー級を巡る戦いは、所属、国籍、スタイルを越え治外法権でレスラーが表現する場に「化ける」ポテンシャルを秘めている。モクスリーが触媒になり日本を主戦場に世界にアピールしているように。常に世界の強豪たちのクリエイティビティを刺激する、そんなタイトルになることを心から願っている。

文/早坂ヒデキ

写真/新日本プロレスリング

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