閉ざされた芸術展~集団化した抗議と自主規制に曝された「表現の不自由展・その後」
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 愛知県などが主体となって3年に一度開かれる国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」。昨年(8/1~10/14)は国内外から90を超えるアーティストが参加し、企画展の一つ「表現の不自由展・その後」には、沖縄の基地問題をテーマにした作品や慰安婦を象徴する少女の像など、過去に公立の美術館などで撤去されたり、展示が認められなかったりした作品が制限された理由とともに展示された。

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 芸術監督を務めた津田大介さんは、2015年に民間のギャラリーで開催された「表現の不自由展」を見て、同じことを公立の美術館で実現しようと考えたという。「表現の自由というものがパブリックな空間で非常に制限されていて、おそらくそれが2015年以降はどんどん酷くなっているということがあった。できるかどうか分からないが、まずは企画として出して、どこまでいけるかと思ったのが最初の動機だ」。

■「馬鹿じゃねえかな。国民をなめているとしか言いようがねえよ」

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 しかし、芸術祭の事務局には電話による抗議、いわゆる「電凸」が殺到した。「そんなもん出す愛知県美術館、馬鹿じゃないの?何ごちゃごちゃ言ってんの?こえないわよ」「こんな日本をなめたような像を展示しているトリエンなんとか?トリエンレーナ?馬鹿じゃねえかな。国民をなめているとしか言いようがねえよ」。メールやFAXを含めた抗議は開幕から2日でおよそ1900件に及んだ。

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 電話で抗議したという男性は、取材に対し「自分が税金を払っている県がこれをやっているとなったら、さすがにちょっと文句言いたいなと思った。どうしようと思ってTwitterを見ると、色んな意見が出てくる。その中で、ある有名な愛知県の方が税金でやるなと非常に怒ってらっしゃった。それを見た時、“あっ、やっぱり自分の感覚は別におかしくないんや”と。1時間くらい経って、やっぱり電話しようと」。

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 開幕2日目には、あいちトリエンナーレの会長代行を務める名古屋市の河村たかし市長が会場を視察。「これは日本人の国民の心を踏みにじるものだね。私の心も踏みにじられましたわ。即刻、展示を中止していただきたい」と展示を批判した。

 やがて抗議は脅迫へとエスカレートしていく。あいちトリエンナーレのトップである大村秀章愛知県知事が会見で公開したFAXには「届き次第 大至急撤去しろや さもなくば うちらネットワーク民がガソリン携行缶持って 館へお邪魔すんで」と書かれていた。大村知事は中止を決断、作品を残したまま、会場は壁で塞がれた。開幕からわずか3日でのことだった。

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 この時の判断について、大村知事は「一番のきっかけは犯罪予告、テロ予告。特に7月に京アニの卑劣な犯行があった直後だったので」、津田監督も「脅迫がトリエンナーレだけでなく、愛知県の小中学校にも及んでいた。人々の怒りや悪意がエスカレートしていけば最悪の事態も考えられるで、あの時点の判断としては致し方なかったと思っている」と振り返る。

■「もちろん批判してもらって構わない。とにかく見てほしい」

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 そもそも「表現の不自由展・その後」の出展作品は、どんな意図で作られたのだろうか。

 「平和の少女像」の作者であるキム・ウンソンさん、キム・ソギョンさん夫妻は、戦争のない社会を願い、多くの作品を制作してきた。「女性の人権・平和の象徴として制作した。性暴力を受けた女性たちは、被害を受けたこと自体“家族の恥”とみなされ、存在を隠されたり、家から追い出されたりしてきた。韓国社会に戻ってきても、落ち着いて地に足をつけることができない。そんな心情を“浮いたかかと”で表現した」(ウンソンさん)。

 隣の椅子にも意味があるという。「隣の席に座ってください。若い頃に傷つき、そして、傷つきながら年を取った女性たちに共感する場として使って欲しいと思う」(ウンソンさん)。「来る人は拒まない。もちろん批判してもらって構わない。とにかく見てほしい。コミュニケーションをとりたい。それが私たちの願い」(ソギョンさん)。

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 昭和天皇の肖像などをコラージュした大浦信行さんの版画作品「遠近を抱えて Part II」は、自身の内面を表現したものだという。関連作品として出品された20分間の映像には、その版画を燃やすシーンが含まれていた。その一部が切り取られ、インターネットで拡散した。「名古屋市民がみんな天皇陛下の肖像画をバーナーで燃やして、足で踏んづけることを支持しているんだなと全世界にばらまかれたんですよ、これ。まあ、特定の政治思想だったと」と、河村市長は憤る。

 しかし大浦さんは「言ってみれば、自分の中に抱え込まれた“内なる天皇”ですよね。自分の中で、それを見つめる作業が主題としてずっとあったわけです。燃やすことは自分の中の“内なる天皇”を昇華させていく、祈りの行為だと思う。そういう意味で作ったので、天皇を批判する意味で燃やしたのではない。天皇を批判するために燃やすのだとしたら、そんな幼稚なものは表現ではない」。

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 企画した実行委員会のメンバーは、中止の判断に抗議した。「現代日本の表現の不自由状況を考えるという企画を、その主催者が自ら弾圧するというのは、歴史的暴挙と言わざるを得ません」(岩崎貞明さん)。再開を求める市民デモも行われ、参加者たちは「市民の声で『表現の不自由展・その後』を再開させよう」「殺すぞ、ガソリンまくぞとやっていることが犯罪。(展示を)止めたら、屈することになる」と声を上げた。

■「芸術はサービスではない。芸術は”感じる場”だ」

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 一方、展示を望まない人たちの集会では、「反天皇思想を愛知県は許した。許されない。反国体思想、反日本思想だ。責任者は処罰されるべきだと思う」との東京・葛飾区の鈴木信行区議の訴えに、拍手が送られた。

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 動画サイトで「愛知芸術文化センター。電話番号は052…。僕みたいに下手くそな人間でもできるので、皆さん上手でしょうから。どんどん電話をかけて抗議をして」と呼び掛けた人もいた。男性は電話インタビューに応じ、「ある程度の客観性がないと芸術ではない、いろんな人が見て美しいと思わなければ芸術じゃないと思うんですよ」と語った。ただ、展示を自分の目で見ることはなかったという。

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 ネット上の社会現象を研究している西田亮介・東京工業大学准教授は「首長やインターネット上のオピニオンリーダー、インフルエンサーなど影響力を持っている人たちの呼びかけや集合行動の仕方、電凸の仕方をインターネットで共有する動きが重なる中で、このような大規模な電凸が起きたと思う」と分析する。

 こうした動きのためか、名古屋市民たちは「世間的に穏便にいくなら、このまま中止の方が、いいんじゃないか」「人に言われると“たしかにアートでもやっちゃいけないこともあるのか”って思い始めちゃったので、自分の気持ちの変化が、正直…いいのかなというのはあります」と複雑な表情を浮かべる。

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 海外から参加したアーティストは、中止に強く反発、連名で「決して容認することのできない検閲行為」とする声明を発表。さらに展示内容を中止したり変更したりして抗議の意思を示した。こうした行動の中心にいたキューバ出身のタニア・ブルゲラさんは「今動かないと、じわりじわりと自由が奪われていく。芸術はサービスではない。芸術は”感じる場”だ」と訴えた。

■「現実との齟齬が出てくるのが作品の宿命だと思う」

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 あいちトリエンナーレの参加アーティストが市民に作品や制作への思いを伝えようと、金属探知機が設置された会場で「表現の自由」について考えるフォーラムが開かれ、大浦さんの映像作品も20分全編が上映された。

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 マイクを握ったアーティストたちは「美術作品は様々な解釈を可能にするためのもの。様々な解釈ができればできるほど一つの言葉では言い表せない。そういうものを私たちは作っている」(小泉明郎さん)、「表現の不自由展には批判されるポイントがたくさんあると思います。でも一度、全部開いて、皆さんが見て、何が問題かを考えてほしい。誰かに言われてではなくて、本当に問題だと思ったんだったら、見に行きたいと思うじゃないですか。その自由や権利を、皆さんの手で取り戻していただきたいと思っている」(Chim↑Pomの卯城竜太さん)と訴えた。

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 しかし来場者の中からは「天皇陛下の御真影を3回も4回もバーナーで燃やして、足で踏みつける。どこが芸術なんですか。いい加減にして下さい。表現の自由と憲法を悪用した犯罪だ」「少女像、あれに芸術性ありますか?知事さんどう思いますか?あれも芸術性ありますか?」と厳しい批判も寄せられた。

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 会の終了後も「燃やして、足で灰を踏みにじるのは…」「その件に関しては、法律上は不敬罪ではない」「法律の話はしていない」「私はあれは一つの作品として見るべき」「じゃあ韓国の国旗を燃やして踏みにじってもいいんですか?」「そういうレベルの話しをしていえるのではない」と激しい応酬が続く。

 「僕が答えましょうか」と仲裁に入った津田監督に、「津田さんは、今回あの作品を選んだわけじゃないですか。僕、はっきり言って電凸もやりましたよ。ヘイトスピーチだから反対しているんです」と訴える男性。「あれはヘイトスピーチではありません。ヘイトスピーチは定義があります。僕は表現の自由の範囲内だと思って展示したんです。主催者は知事ですが、展示の責任は僕が負っています。抗議する自由はあると思います。それは否定しません。でも、脅迫はやめてくださいという話なんです」と津田監督。その後も議論は続いた。

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 大浦さんは「どんなに批判があったとしても、作家の表現を変える気は毛頭ない。基本的に表現には作家の意図にかかわらず、社会に対する毒とか、反対する要素を秘めている。だからこそ表現する意味があって、人々に見せ得る、作品と対話させられる。そこでは現実との齟齬も当然出てくるが、それはある種、作品の宿命だと思う」と話す。

■「まとめサイトに書いてあることを鵜呑みにして電話をかけてくる」

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 会期が残り1カ月になった頃、不自由展を企画した人たちは、裁判所に「仮処分」を申請、愛知県側に展示の再開を求めた。一方、愛知県が設置した有識者による検証委員会は、作品自体に法的な問題はなく、不快に思う人がいたとしても、展示を否定する理由にはならないと指摘した。「条件が整えば、再開していくのが当然の筋道だ」(委員会の山梨俊夫座長)。

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 そしてトリエンナーレの閉幕まで1週間、不自由展が再開した。ただ、安全を確保するため鑑賞は定員制となり、「写真・動画をSNSに投稿しない」との同意書に署名するなどの条件も付けた。「見てもいない人が断片的な情報を切り取って加工、フェイク情報にしてどんどん流していく。我々としてはやはり万全の対策を組む」(大村知事)。

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 結果、抽選の倍率は10倍を超え、対話の場では「再開してよかったです。過剰反応し過ぎでは」「いろいろ言っている方も、実際に見てから判断してほしいと思った」と、展示を見た感想を語り合う人たちの姿が見られた。ただ、一時は落ち着いた抗議も再び増加。会場の外では、「天皇の御真影を燃やすな!」「県は公金の不正使用を認めるな!」と、河村市長を中心にシュプレヒコールを上げる場面も見られた。

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 アーティストの中には、有志で独自のコールセンター「Jアートコールセンター」を立ち上げ、人々の怒りや疑問と向き合おうとする人も現れた。「まとめサイトや特定のホームページに書いてあることを鵜呑みにして電話をかけてくるので、みんな言っていることが一緒なんですよね。それにちょっと驚きました」。

■「自粛・忖度が知的領域で広がっていくのは非常に問題だと思う」

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 影響は、あいちトリエンナーレ以外にも及んでいた。「伊勢市美術展覧会」では、主催の三重県伊勢市が「先日のあいちトリエンナーレにおいて様々な脅迫、テロ予告があった。市民の安全が危惧される」(鈴木健一市長)とし、慰安婦を象徴する少女像の写真があしらわれている作品の展示を許可しなかった。

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 さらに全国に広がる自主規制に拍車をかけるような決定を国が下した。あいちトリエンナーレへの補助金について、「審査の結果、交付しないことを決定した」(萩生田光一文部科学大臣)。文化庁が申請手続きに不備があったとして、一度は決まっていた、トリエンナーレへの補助金の交付を取り消したのだ。

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 採択を審査した野田邦弘・鳥取大学教授は決定に抗議、委員を辞任した。「今回は芸術の話だが、例えば学術研究や宗教・思想信条など含めて、国の資金援助を求める時に、“今の政権の思惑と違うと補助金が付かないから、こういう風に言い換えた方がいい”とか“やめたほうがいい”という自粛・忖度が知的領域で広がっていくとなるのは非常に問題だと思う」。

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 75日間の会期を終えた、あいちトリエンナーレ。結局、「不自由展」が開催されたのは9日間だけだった。会場の「表現の不自由をめぐる年表」に、また一つ、新たな項目が書き加えられた。

(名古屋テレビ放送制作 テレメンタリー『閉ざされた芸術展』より)

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