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(激しさと楽しさが同居する阿部のプロレス

 現在のマット界で、最も“センス”“プロレス頭のよさ”を感じさせる新鋭の一人がプロレスリングBASARAの阿部史典だ。

 1995年生まれの25歳。2015年、名古屋の団体スポルティーバエンターテイメントからデビューし、2018年からBASARA所属となった。

 ハードヒットな打撃。シリアスな展開の中に突然、ぶち込んでくる笑いの要素。対戦相手が呆気にとられることもしばしばで、阿部の闘いぶりを一言でいえば“自由”である。

 BASARAのシングル王座はユニオンMAX。前身の団体ユニオンプロレスから受け継がれたベルトで、現在のチャンピオンはDDTの高梨将弘だ。関根龍一からベルトを奪った高梨は木高イサミ、中津良太、藤田ミノル(フリー)を相手に防衛。トップどころを総ナメの状態だ。それだけに「いま勝てば美味しい」と阿部は挑戦の名乗りを上げた。自身3度目のユニオンMAX挑戦は、3月24日の新木場1st RING大会で行なわれる。挑戦表明した際の観客の歓声からも、次世代トップレスラーとしての期待の大きさが伝わってきた。タイトルマッチに向けて阿部に意気込みを聞くと、こんな言葉が返ってきた。

「高梨さんがDDTで外敵だからベルトを取り戻さなきゃとか、そういう気持ちはないんですよ。今は高梨さんがBASARAを盛り上げてると思いますし。でも凄い選手だと思うんですけど、個人的な思い入れとか歴史はそんなにないです(笑)。ユニオンMAXのベルトに対しても同じですよね。僕ユニオン出たことないし(笑)」

 率直というかあけっぴろげというか、書けない話も含めて自分を飾ろうとか大きく見せようという気がないのが阿部史典というレスラーなのだった。

 子供時代、ゲームがきっかけでプロレスを知り、兄とプロレスごっこを始めた。兄が相手をしてくれなくなると、ネットで見つけた“人間風車”ビル・ロビンソンが指導する高円寺のジム・スネークピットジャパンに入門している。

「中1くらいの時ですかね。でも練習ではスクワットとかカラー&エルボーっていうレスリングの基礎の練習ばっかりで。ロビンソン先生はバズソーキックとか毒霧とか教えてくれないんですよ。いま思えば一番大事な練習してたんですけど(笑)。貴重な経験させてもらいましたね。それと練習の後にプロレスごっこの相手してくれるお兄ちゃんたちがいたんです。それが澤(宗紀)さんと鈴木秀樹さんで」

 この2人が、阿部にとっての師匠にあたる。“やりすぎくらいがちょうどいい”をモットーとする澤の無鉄砲なファイト、“ビル・ロビンソン最後の弟子”鈴木の理にかなったスタイル、阿部はそのどちらも持ち味にしている。

 スネークピットでの練習がストイックすぎてシムを離れた阿部は、京都にある僧侶の学校に入ることに。

「学校やめちゃって仕事も続かなくて、母親に入れられた感じですね。親戚にお坊さんがいたんで。“たまには親の言うことも聞いとくか”みたいな」

 平日は学校、土日はお寺で働く中、宿直の夜に本堂でDJをやったりと、やはり自由は自由だった。そしてシンプルな生活の中で、再びプロレスのことが頭を占めるようになった。

「やっぱプロレスやりたいなって。お寺って広いんで練習するスペースいっぱいあって。基礎体(力練習)はめちゃくちゃやりましたね。あと太い柱にローリングソバットしたり」

 僧侶の資格を取ると、親戚のいる名古屋のお寺に。同時に澤のツテで入門したのがスポルティーバだった。

「だから全部“ご縁”ですよね、仏教っぽい言い方すると。澤さん、鈴木さん、それにスネークピットでキックを教えてた大江(慎)さんが僕を覚えてくれていて、名古屋にスポルティーバっていうローカル団体があって、そこに澤さんの知り合いがいて。このご縁がなければ、今頃“名古屋の柔術習ってるお坊さん”だったかもしれない。なろうと思ってこうなったっていう人生じゃないんですよね」

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(取材はBASARAが経営する四谷三丁目のプロレスバー「クラッチ」にて。3月27日にオープンする)

 スポルティーバに所属しながら東京を主戦場とするようになり、BASARAに入団してからも、代表のイサミから「お前は放牧だから」と言われてさまざまなリングに上がっている。

「チャンピオンの高梨さんはプロって感じしますよね。いろいろ自分で考えて、自分をプロデュースして、プロレスで食っている人。他の選手を引き立たせることも自分が前に出ることもできる。どこに行っても適材適所みたいな。

 僕も向上心はあるつもりですけど、どっかで“今の生活がいつまでも続くわけない”って思ってて。商店街の福引で当たったハワイ旅行の最中みたいな感じがするんですよね、僕のプロレス人生」

 趣味、仕事、遊び、すべてがプロレスに入っているから、オフの日は何もしないそうだ。

「飲みに行ったりはしますけど、あんまりはしゃぎたいって気持ちにならなくて。だって普段からリングではしゃいでますからね。

 おかしいですよね。子供の時にプロレスごっこしてもらってた鈴木さんと、今はお客さんにお金もらって試合してるんですよ。まあ、当時は今みたいに顔面蹴ってこなかったけど(笑)」

 プロレスに対するスタンスは、対戦相手にも伝わっている。「アイツ、本当にプロレスを楽しんでるな」と阿部を評したのはZERO1の大谷晋二郎だ。わざと相手を怒らせるようなことをして、その反応を味わったりもする。

「グラウンドで相手の動きを制してイライラさせたり、プライドが高い相手に恥ずかしいことをさせたり、あとは単純にいつもより強く叩いたり(笑)。そこで強く返してくる人もいれば、付き合わないことで貫録を見せてくる人もいる。インディーっていろんな人がいるんですよ。クセが強い人が多い。そこがまた好きなんですけど」

 リング上で「はしゃいでる」という阿部だが、プロレスを楽しむためにも“強さ”は欠かせない。10代の頃から柔術などの練習に取り組んできたし、アマチュアの試合にも出場した。

「本気で人生かけてる人に失礼なんで、プロの総合格闘技じゃなくアマチュアで。そういう経験も楽しいし、レスラーとして必要だと思うんですよ。“プロレスラーとしての強さ”も磨きたいから、タッグパートナーの野村(卓矢/大日本プロレス)と一緒に練習したりもしますね。鈴木さんに教わることもありますし」

 阿部曰く、プロレスは「ケンカを見せる見世物小屋」。だからことさらに強さばかりを誇る気はない。「スパーリングやったら〇〇よりも強い」といった話に意味はないと思っている。ただ、自分にとっては“強さ”が必要だというだけだ。

「インディーの世界には、セオリーも何もない、メチャクチャなことやってくる人もいるんですよ。さっき言ったみたいにクセのある人、自分のやりたいことだけを押し付けてくるような人もいる。その中で面白い試合を見せるには、やっぱり強くないと。それに長く第一線で活躍してる選手ってみんな“強い”んです。もちろん今すぐMMAで勝てるとか、そういうことではないんですよ。最先端の総合格闘家がiPhone11だとしたら、ベテランレスラーはガラケー。ショルダーホンかもしれない。でも通話はできるんですよ。そこが大事じゃないかなって。

 見栄えがいいだけじゃ生き残っていけないのがプロレス界だと思います。基礎がある人の試合は、序盤の5分間の濃密さが違いますね。僕の試合に関して言えば、基本ふざけてるんですよ。お酒飲みながら“あいつバカだろ”って笑って見てもらえればいい。だけど9割リアルで理にかなった動きをして、残りの1割でふざけるから“バカ”が引き立つんじゃないかなって。酔っ払って笑いながら、100人に1人くらい“こいつヤベえな……”ってなるのが理想ですね」

 所属団体の頂点のベルトを巻けば、応援し続けてくれた人が報われるはずだと阿部は言う。ただ自分がトップに立ちたいとか、団体を引っ張りたいとかは「ちょっと言えないですねぇ、恥ずかしくて」。ではチャンピオンになったら何がしたいのか。

「チャンピオンっていうのは流れの中心じゃないですか。だからそこで新しい流れを作っていきたいですよね。防衛戦でまずやりたいのはBASARAの中津さんと塚本(拓海)さん。そのあとは……凡人パルプ(愛媛プロレス)かな。全国いろんな団体で防衛戦やるのもいいなって。BASARAのベルトで、僕がチャンピオンならそういう自由な動きができると思って。で、何かワケ分かんない団体にベルト流失させちゃったりして。いや負けるつもりはないんですけど……大丈夫ですか、こんな話で」

 大丈夫、BASARAのファンは“阿部史典のプロレス”を支持しているし、その数はベルトを巻くことでさらに増えるはずだ。

文/橋本宗洋

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