(『まっする1』では漫才対決で勝利している上野/写真右)

今年からスタートしたDDTの新プロジェクトにしてマッスル坂井が手がける新機軸が『まっする』だ。読み方は「ひらがなまっする」である。

 これまで開催されてきたカタカナの『マッスル』(通称おじさんマッスル)とは違い、DDTの若い選手たちをフィーチャー。大会を仕切るのも、坂井&鶴見亜門(今林久弥)の名コンビではなくなった。坂井はスーパー・ササダンゴ・マシンのコスチュームを着ることもない。

 選手たちにムチャ振りをして右往左往させるのは、元漫才師のユウキロックが扮する2代目演出家「ユウキザ・ロック」。大会開始に合わせてツイッターアカウントを開設していたことも発覚、ツイッターと連動してのネタでも観客を驚かせた。

 第2回大会『まっする2』は3月26日、新木場1st RINGで開催される。それに先立ち、21日からユウキザ・ロックのアカウント(いつのまにか「ゆうきざ・ろっく」に改名されていた)で連日、動画がアップされている。

 そのタイトルは「5日後に負ける上野」。上野とはDDT新世代の1人、現タッグ王者の上野勇希だ。先輩たちとアイスを食べたり、スパーリング中に床にいたアヒル(のおもちゃ)を助けたりといった日常が描かれ、そして「負けるまであと○日」のテロップ。

 その字体からして完全に何かのパロディなわけだが、といって「単なる小ネタ」で済ませていいかどうか。いや何しろ、ことはプロレスなのだ。プロレスラーが「あらかじめ負けることが決まっている」とはどういうことなのか。怒られたりしないのか。何をやろうというのか『まっする』は。さすがは「台本あり」を公言するだけあるというか、とてつもない量の「たくらみ」が込められた動画に見えてしまう。

 また上野が「腹に何がありそう」な選手なのだ。そして気がつけば「上野、ホントに負けちゃうのかな」とドキドキしたりもするのであった。

 おそらく「昔はDDT見てたけど今の選手は分からない」とか「マッスル坂井がやることなら見に行く」という人も多いはずだ。新世代のDDTレスラーは“アスリート系”でDDTっぽくない。そんなイメージもあるかもしれない。「それは僕たちの責任かもしれないですよね」と坂井は言う。

 しかしDDTが輝くためには新世代の力が絶対に必要だ。『マッスル』だって同じだと坂井は思っている。何より、坂井自身が新世代レスラーたちの魅力を間近で感じている。『まっする』は、DDTはDDTであって世代の差なんて関係ないことを知らしめるイベント(シリーズ)なのだとも言えるだろう。

 選手としてだけでなく、坂井のような“クリエイター”としての期待も新世代にはある。「誰かがチャンピオンにならなければいけないように、誰かがクリエイターにならなきゃいけない。それがDDTなので」と坂井。「丸投げ体質の大プロデューサー(高木三四郎)がいますからね。クリエイターが育たなきゃおかしいんですよ」とも。

 実際、今のDDTには新たなクリエイター候補が何人もいる。その1人が、女性客限定興行『BOYZ』のプロデューサーに就任した彰人だ。

「彰人くんは凄く面白いものというよりも、安心して見られるものを作るのが上手い気がしますね。優しいというか紳士なんですよ。そういうところが凄くいい。気配りが的確で心地よい“尖り”が作れる。大化けしそうだなって」

 東京女子プロレスでは、ハイパーミサヲが毎回、企画性の強い試合でファンを楽しませている。学生時代、投稿歌人として注目を浴びていたことも告白。これには誰もが驚きつつ納得した。“体育会系”にはないセンスを、プロレスでも見せてきたのがミサヲなのだ。坂井もそのポテンシャルを絶賛する。

「東京女子はもともと面白いんですよね。みんなモヤモヤしたものを抱えていそうな気がして。僕みたいに42歳でモヤモヤしてたらダメですけど。いやダメってことはないですけど(笑)。モヤモヤしてるってストレートには言えないじゃないですか。ミサヲ選手は今、自分の試合にアイディアを込めてますよね。1試合集中。それは短歌的な感覚で“五七五七七”の中で表現する感じなのかなと。入場、試合、マイク、退場と最小の要素で整える。僕はもうちょっとボリュームが必要なんです、パワポなんで(笑)。でもミサヲ選手は(自主)興行やってほしいなぁ。興行やるといろんなことが学べるんですよ。ミサヲ興行、見たいです。早くやってほしい。めちゃくちゃ悩みそうですけどね」

 今成夢人はガンバレ☆プロレスの選手であり、またDDT映像班のディレクターでもある。つまり坂井の直系の後輩だ。すでに『ぽっちゃり女子プロレス』というプロデュース興行を成功させてもいる。だからこそなのか、坂井は今成に「他に何があるのか」を見せてほしいという。

「今成はね、何か凄いものを持ってるような雰囲気を出してくるんですよ(笑)。だけど掘ったら掘ったで何も出てこない可能性があるなと。自分の過去のトラウマ、うだつが上がらなかった自分っていうのはもう出してる。じゃあ他には何があるのか。自分しか描けないのか。そこでしょうね」

 そして坂井がレスラーとして全幅の信頼を置くのが、DDTの新世代エース、竹下幸之介だ。しかしその魅力が伝わりきっていないというもどかしさもある。

「竹下は頭がいいじゃないですか。トップレスラーとしては、そこが弱点にもなりかねないなと。試合のことも趣味のことも全部、自分から発信して説明できちゃうんで“陰”とか“謎”がないんです。やっぱりスターって、人から語られる存在なんですよ。不特定の人間から仮定や推量で語られるのが英雄っていう。僕らは彼の凄さを充分に知ってるんで、あとは引き算ですよね。それは竹下に“モンスターになる覚悟があるかどうか”でもある。自分の存在を大きくするために、何かを捨てなきゃいけないこともある。飯伏幸太やケニー・オメガはそのための闘いをしてきたフシがありますよね」

 竹下が自分ではコントロールできない、説明できない要素。実はそれは『まっする1』にあった。大会のメインは漫才対決。ここでみなみかわとコンビを組み、器用なところを見せた竹下だが、結果として観客の拍手の量で渡瀬瑞基&上野勇希に敗れている。普通の試合なら絶対に負けない相手だったのだが。

「あれは“竹下が負ける”っていうのも裏テーマで。DDTではめったにないですから、竹下が負けることって。竹下、漫才で負けて本気で悔しがってましたよ。リングでやることなら漫才でも負けたくないのが竹下なんですよ。そういう気持ちがないと一流になれないんだなって」

 その後、竹下はDDTユニバーサル王座決定戦、KO-D無差別級選手権とタイトルマッチで連敗。『まっする』から負けグセがついたわけでもないはずだが、何か新しいフェイズに入ったのかもしれない。

 そして「5日後」、すなわち3月26日の『まっする2』で負ける運命の上野には何が待っているのか。もはやワニより上野が気になる。

文/橋本宗洋

写真/DDTプロレスリング