今、日本のプロレス界で最も精力的に試合を行なっているのがプロレスリング・ノアだ。もちろん無観客試合なのだが「時を止めない」ことをテーマとし、タッグリーグ戦やタイトルマッチ、新戦力の加入など大きな動きを見せている。
そんなノアを牽引する主力の一人が拳王だ。日本拳法仕込みの打撃をはじめハードな試合ぶりで知られる実力者は昨年、反体制ユニット「金剛」を結成。団体に噛みつき、親会社に盾突き、ファンのことは「クソヤローども」と呼ぶ。その舌鋒は鋭いがどこかユーモアもあり、ファンから支持されている。言いたいことは言う。それがなぜかといったらノアのためだ。某日、試合を控えた拳王に話を聞くと、こう答えている。
「誰かに噛みつくのは信念があるから自然にそうなるだけ。みんな自分がいる場所の悪い部分は見たくないんだろうけど、俺はいいことも悪いことも直視できる人間でありたいから」
ただ、ノアが無観客試合に積極的なことに関しては「ほめてやりたい」と拳王。
「今、政治でもスピード感が大事と言われてるけど、今のノアはスピード感がある。迅速な判断ができてるなと。(無観客試合に)賛否はあるかもしれないけど、スピード感を持って行動できてる」
今、プロレスをやる理由。それを拳王はこう説明した。
「プロレスファンにとってプロレスの試合はインフラ。なくなったら生きる糧がなくなる。“不要不急”じゃないからな。そういう中で、ノアは配信という形でも“現在進行形”のプロレスを見せることができている。そこは大きい」
ネットでもDVDでも、過去のプロレス映像は世にあふれている。数えきれないほどの名勝負がある。しかし、プロレスファンが何よりも求めているのは最前線のプロレス、リアルタイムの闘いのドラマだ。
「過去の映像もいいけど、やっぱり進行形の試合が一番面白い。それを提供できるのはいいこと。プロレス団体にとってもプロレスラーにとっても、今どうするかが大事だから。動きを止めちゃうとファンだけじゃなく選手のモチベーションも下がってしまう。そうならないための環境を作れてるな、ノアは」
今回の動きの早さによって、ノアは「一歩先を行った」と拳王は言う。
「一昔前はプロレス界の先頭を走ってたのがノア。そこに戻すのが俺の役目だと思ってるから。今こそ業界の一歩先を行くことで、そこに近づけるんじゃないかと。今のノアなら、また先頭に立っていけるという感じがするな」
無観客試合の中で、金剛は元WRESTLE-1の征矢学を新メンバーに迎えた。団体だけでなくユニット単位でも「時を止めない」を実践している。
「やっぱり無観客とはいえ真剣に闘ってるからな。勢力拡大しようと思ったら新しい動きをすることに躊躇してられない」
無観客試合そのものについては「試合が始まったら関係ないな。目の前の相手と闘うだけだから」。逆に言うと、試合をすること自体が「楽しい」そうだ。
「特に最近は試合をしてない時期もあったから。やっぱりプロレスをやらないと生きられない体になってるんだなって自分でも思ったな。配信という形で、プロレスに飢えている人たちに見てもらえる嬉しさもあるし」
やはり「クソヤローども」の存在も強く意識している。
「プロレスラーにはプロレスがなきゃダメだし、ファンの存在もなきゃダメ。それはあらためて感じてるな。俺はノアを引っ張る存在であろうと“俺についてこい”と言ってるわけで、ついてくるヤツらが必要なんだよ」
5.3配信試合を終えると、カメラの向こうのファンに対し「俺たちは一緒にいる」とメッセージを送った拳王。見せる形は変わっても、選手とファンの関係は不変だ。
文/橋本宗洋