各メディアで大きく報じられた将棋の最年少棋士・藤井聡太七段(17)のタイトル戦初勝利。6月8日に行われたヒューリック杯棋聖戦の五番勝負第1局で、渡辺明棋聖(棋王、王将、36)に157手の末に勝利した瞬間から、大きな話題になった。結果だけ見れば、天才・藤井七段の勝利だけがクローズアップされがちだが、最終盤では渡辺棋聖から16手連続で王手をかけられ、30分以上、まさに「生きるか死ぬか」というプレッシャーを受け続けていた。
朝9時の対局開始から10時間ほど経過した最終盤。追い詰められた渡辺棋聖は、最後の勝負に出た。持ち駒だった角を打ち込み、藤井玉に王手。ここから実に30分以上、計16手の連続王手がスタートする。藤井七段勝勢というところからの王手だが、タイトル25期・現在最多の三冠保持者である渡辺棋聖の王手が、簡単なものであるはずがない。対応を間違えば、形勢が180度変わるような恐ろしい手ばかりだ。
中継していたABEMAの解説を務めていたのは史上初めて四段でタイトルを獲得した郷田真隆九段(49)と、実質的なデビュー年度でタイトル挑戦を果たした本田奎五段(22)。2人でこの難解な局面を見守っていたが、渡辺棋聖による王手ラッシュには、対局者でなくとも混乱した。郷田九段が「(渡辺棋聖の)さすがの勝負術。結構、危ないですよね」と語れば、本田五段は「めちゃめちゃ危ないですよね。危ないを極めている」とコメント。当然、2人とも藤井七段の方が勝利に近いことはわかっているが、同時に一手間違えた時の大逆転も見えていた。
ABEMAでは、戦局に応じて勝率・候補手で表示するAIが搭載されている。郷田九段は「ソフトは(藤井玉が)詰まないことを読めているようだけど、なかなか読み切るのは難しい」と語った。残された時間は1分、2分といったわずかな時間。映画のシーンであるような、爆弾処理で赤い線、青い線のどちらを切るか、という選択をずっと繰り返しているようなものだ。たとえプレッシャーなど感じないAIが読めていたとしても、人間がそれをできるのか。解説した棋士だけではなく、視聴者たちも固唾を呑んで見守る時間が続いた。
ここで活きたのが、藤井七段の詰将棋で培った“生命力”だ。詰将棋は、相手玉を連続王手で詰めることを目指すパズルのようなもので、藤井七段は全国大会である「詰将棋解答選手権」を5連覇中の達人だ。この才能は攻撃だけでなく、守備にも大いに役立っており、自玉の危険度を正確に見極める能力にも長けている。16手連続王手に対して、1つも間違えずに逆転を回避できたのは、この一手を指すと自玉が危なくなるという危険察知のセンサーのようなものが働き続けた結果だ。
AIでもなければ、連続王手から逃れられない棋士もいただろう中を、生還の一本道を迷わず歩いた藤井七段。また、逆転こそならなかったが、窮地からでも恐ろしい手を繰り出し続ける渡辺棋聖。この2人による五番勝負が、あっさりと終わるとは思えないというのが、将棋界全体の共通認識となった、そういう対局だった。
(ABEMA/将棋チャンネルより)