香港返還から23年目の記念日となった1日、中国全人代の常務委員会が全会一致で可決した「国家安全維持法」が施行された。同法は香港における反政府行為を禁じており、逃亡犯条例改正をめぐる抗議活動で混乱が続いてきた香港の「一国二制度」が、崩壊の危機に直面している。
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■香港の外にいる外国人の言動までもが対象に?
3日の『ABEMA Prime』に中継で出演した香港中文大学大学院博士課程の石井大智氏は「今回の法律の特徴は、具体的に何をすれば犯罪になるのかがよく分からないことだ。例えば第21条では、国家分裂罪は他人を扇動、幇助、教唆、資金援助した人に適用されるとしているが、この範囲はかなり広いと思う。実際、香港独立の旗を持っていただけで逮捕された抗議者もいる」と話す。
「香港警察は一定の区域を囲って、何をしていようが中にいる人を全て捕まえるとう手法を採っている。それによる抑止効果が狙いなので、タピオカミルクティーを飲んでいただけなのに捕まった人もいるくらいだ。つまり捕まるか捕まらないかは運の問題で、外国人かどうかということもあまりが関係ない。私自身も怖さはある。研究者としては反体制的なトピックにも触れざるを得ないので、どこまでやるのかということは常に考えていなければならなくなった」。
しかも、取締りの対象となるのは香港の中だけではないという。第37条では、香港の永住者や企業・団体など、さらに第38条では香港の永住権を持たない者が香港の外でこの法律を犯す行為をした場合にも適用されると規定しているのだ。
石井氏は「37条、38条の規定の他にも、香港に登録されている飛行機や船舶にも適用されるという条文もある。例えばここで“尖閣諸島は断固として日本の領土である”という発言した方がトランジットで香港を経由しようとしたときに、途中の飛行機の中で捕まってしまう可能性もあるということだ。さらにこの法律の最終解釈権は中央政府にあるので、香港の司法が被疑者側に有利な判決を下したとしても、後で中央政府に覆されてしまう可能性すらある」と指摘。
一方、「これほどまでに中国政府にとって使い勝手がいい法律だということは、逆に言えば使いにくいということでもある。つまり、やり過ぎれば国際社会から様々な圧力を受ける可能性があるからだ。中国経済は外から見える以上に様々な問題を抱えているので、ここに輸出規制などを受けてしまえば、本土の内政が不安定になってしまうことも考えられる。現実問題として、この法律をバンバン適用するということは、それほど簡単ではないと思う」との見方も示す。
「香港にいる外資系企業の中にも、そこまで過激なことはやらないだろうと考えている人たちもいる。例えばHSBCの場合、前の行政長官が“国家安全法に対する支持を表明しないのであれば、いつか香港や中国本土でビジネスができなくなるかもね”と脅しをかけた結果、一部の幹部は支持を表明している」。
■中国政府が非合理な行動を取る理由
こうした香港の状況に対し、産経新聞は一面の上段を黒く塗りつぶし「香港は死んだ」「中国本土からは国家安全当局の要員たちが香港にやって来る。香港は暗黒時代に入った」と綴った。
また、3日には自民党が中国を非難する決議文を出すことを決定、中山泰秀外交部会長は「香港で行っていることは国家によるドメスティックバイオレンスだと思っている」とコメント。習近平国家主席の国賓来日の中止に加え、香港を脱出する人々への就労ビザの発給を求め、週明けにも政府に申し入れをする方針だ。
「2ちゃんねる」の創設者・ひろゆき(西村博之)氏は、イギリス政府が滞在許可証を持つ香港市民が将来的にイギリスの市民権を得る道を開くと表明したことに触れ、香港市民の受け止めについて尋ねると、石井氏は「ジョンソン首相が言及したのは、英国への移住権はないものの、領事館から保護を受ける権利を付与されるという“英国海外市民旅券(BNO)”というパスポートだ。これを元々保持していた人に対し、イギリスに住むこともできる権利を与えようという話だ。ただ、中国政府はこのBNOを認めていないため、これで中国本土に入国することはできないし、BNOを使ってイギリスの市民権を得たとしても、中国政府としては無効だ、中国国籍のままなので内政問題だ、という主張をしてくる事もありえる」とした。
さらにひろゆき氏が「中国は信じられないという流れになり、長期的には得をしないのではないか」と疑問を投げかけると、石井氏は「現行法でも対応はできるし、香港政府に圧力をかけて抗議活動に強い態度で臨むこともできるのに、なぜこれほどまでに非合理的な行動を取るのか、研究者の間も色々な議論がある」と説明。
「習近平体制の中で権威主義的な傾向が進んだ結果、情報を上げる時に、自分が責任を取らなくて済むように、都合のいい情報を上げてしまうようになっている。その結果、中央の指導部に適切な情報が集まっていないのではないかと指摘する研究者は多い。例えば去年9月に香港の区議会選挙で民主派が大勝したが、実は中央政府の幹部の中にはこの結果を予測していなかったという報道があった。当時の香港の状況を知っていれば、民主派が勝たないということはあり得なかったにも関わらずだ。武漢で新型コロナウイルスが流行し始めたことの把握が遅れた問題にも似ている」。
■民主派は議会での過半数を目指す戦略か
「BE WATER(水になれ)」をスローガンに、リーダーを戴かずに情報はアプリで共有し、デモを同時多発的に呼びかけてきた香港の民主化運動にも影響が出始めている。すでに施行日にはデモに参加した約370人が逮捕(うち10人が国安法違反容疑)されており、身の危険を感じた民主化デモの活動家は団体から次々に脱退を表明。多くの人がSNSのアカウントや投稿を削除、商店主らもデモ支持のポスターなどを撤去している。
こうした動きについて、石井氏は「団体として活動を継続していくのが目標ではないので、これもまさに“BE WATER”の一環だと思う。メンバーが逮捕され、中国本土に移送されてしまえば、人質にされてしまうリスクもある。だからこそ、早めに解散しておく。新型コロナなどを口実に延期することはあり得るが、立法会選挙そのものが行われないということはまずあり得ないので、おそらくそこに向けて色々なところで動き、合法的な形での民主化を進めようという戦略だと思う」との見方を示す。
「香港には政府が立候補資格を停止できる制度があるので、あえて国家安全法に反対と言わず、立法会選挙で民主派の過半数を目指すという戦略も考えられる。そうすれば政府の条例を否決したり、行政長官に圧力をかけたりすることもできる。そのような合法的な方法で攻めていくことを考えているのではないか」。(ABEMA/『ABEMA Prime』より)
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