町民からも笑われた運動に起きた“奇跡” 農家の取り組みが、絶滅危惧種のタンチョウを呼び戻した
【映像】ABEMAでみる
この記事の写真をみる(12枚)

 「タンチョウを呼び戻すことは、渡り鳥による食害につながるのではないか」

 「舞鶴だけでタンチョウを呼ぼうというのは困難だと思う」

 「町民の意識が付いていくかな」

 町にタンチョウを呼びたいという思いは、遠い夢物語にすぎなかった。それでも土地に刻まれた“舞鶴”という名前を信じて取り組み、4年後、農家の人たちの手によって見事に実現した。

・【映像】タンチョウ ふたたび

■大量にやってきた渡り鳥による被害も

町民からも笑われた運動に起きた“奇跡” 農家の取り組みが、絶滅危惧種のタンチョウを呼び戻した
拡大する

 「いれば最高なんだけどな…」。トラックから降り、双眼鏡を覗き込むのは、「タンチョウを呼び戻す会」の加藤幸一会長だ。親から引き継いだ土地で農業を営む傍ら、この2014年、地域の仲間とともにタンチョウを呼び戻す活動を始めた。農作業の合間を抜け出しては、その姿を探す。「見たいって気持ちが騒いでね。この忙しいのにって、女房に怒られる(笑)」。

 加藤さんたちが暮らすのが、札幌からおよそ30kmに位置する、人口1万500人あまりの長沼町だ。主な産業は農業だが、いくつもの川に囲まれ、度重なる水害に見舞われてきた。大雨による増水で川が溢れるのを防ぐため、2015年には周囲およそ6kmを堤防で囲んだ遊水地が完成した。加藤さん遊水地周辺の農家14人で、この200ヘクタールの何もない空き地にタンチョウを呼び戻し、町のシンボルにしようと訴えた。タンチョウが住む町になれば、農業にも、地域にも、メリットがあると考えたのだ。

 日本で一番大きな鳥・タンチョウは、一時は絶滅したと思われるほど数が減少。今も北海道東部など、わずかなエリアにしか生息しておらず、国の特別天然記念物に指定されている。札幌の近郊で見られるのは極めて稀なことだ。

町民からも笑われた運動に起きた“奇跡” 農家の取り組みが、絶滅危惧種のタンチョウを呼び戻した
拡大する

 しかし、“舞鶴”という地名の通り、実は明治の初めまで、ここは北海道内で最も多くのツルが見られる湿地帯だった。地域や施設にその名が残るものの、開拓や農地化が進んだ結果、タンチョウが姿を消して100年以上が経つ。

 加藤さんたちの提案に、町や国も乗り出した。野生生物の専門家が集められ、世界初のプロジェクトがスタートした。「いないところへツルを呼んで繁殖させようという試みは、おそらく初めてではないかと思います」(正富宏之・専修大学北海道短期大学名誉教授)。

町民からも笑われた運動に起きた“奇跡” 農家の取り組みが、絶滅危惧種のタンチョウを呼び戻した
拡大する

 エサ場となる水たまりを造り、巣を作るときに使うヨシも植えた。ところが最初に遊水地に現れたのは、大量の渡り鳥だった。春と秋におよそ2週間。多い日には4万羽が飛来、加藤さんの畑にもやってきて、その度に追い払うが、すぐに戻ってきてしまった。渡り鳥たちは、昼間は近くの畑で餌を探した。狙いは、秋に撒いた小麦の新芽だ。食べるものが少ない春先のごちそうなのだ。北海道の調べでは、渡り鳥の食害で収穫量が減ったという明確な被害や調査結果はないが、生育には遅れが出てしまうという。

 遊水地を造ったせいではないか、いや、それ以前から食害はあった。被害を受け、呼び戻す会のメンバーの議論も白熱した。

■1組のペアが遊水地に居着くように

町民からも笑われた運動に起きた“奇跡” 農家の取り組みが、絶滅危惧種のタンチョウを呼び戻した
拡大する

 しかし会の発足から2年。突然、遊水地に近い水田にタンチョウが姿を現した。当初は「サギと見間違えたんだべ」と誰も信じなかったが、加藤さんたちメンバーは仕事の手を休めて走り出したという。

  水田の持ち主の女性は「昨日からずっとみる。ここがいいのか離れない。“いや~いいね~。ここは良いところだね”って言いながら 2羽で話しながら歩いているんだろうねって話をしていた」。

町民からも笑われた運動に起きた“奇跡” 農家の取り組みが、絶滅危惧種のタンチョウを呼び戻した
拡大する

 “早く舞鶴の遊水地にも来てほしい”。地元の小学生たちも生き物調査を続けてきた。小魚にタニシ、水生昆虫など、タンチョウのエサとなる生き物が増え、巣を作るためのヨシも育ってきた。さらに絶滅危惧種のチュウヒ、オオワシ、オジロワシも飛来した。

 200ヘクタールの空き地は動物たちが生き生きとした姿を見せる湿地に変わり始め、地元住民を招いた野鳥観察会では子どもたちの歓声が上がる。「自然界の鳥が住み着いてくれるということは、素晴らしい環境だということ。農業が良くなっても、こういう鳥がいなくなってしまったとしたら、それは我々農家の責任だから」と加藤さん。

町民からも笑われた運動に起きた“奇跡” 農家の取り組みが、絶滅危惧種のタンチョウを呼び戻した
拡大する

 ほどなくして、遊水地にもタンチョウが降り立った。「舞鶴遊水地にツルを呼びもどす」という願いが叶った瞬間だ。

 絶滅の危機にあった日本のタンチョウは、手厚い保護を受けた結果、1800羽ほどにまで回復した。しかし、生息に適した釧路湿原などの湿地が過密になってきたため、弾きだされた若いタンチョウが新たなエサ場や繁殖地を求め、北海道の各地へ飛び始めていた。

 2018年には1組のペアが遊水地に居着くようになった。1羽が盛んに鳴くと、遠くでもう1羽が応える。相手を確認しあう「呼び合い」だ。ここで子育てをするようになってほしい、それをたくさんの人たちに子どもたちにも見てほしい。元気でいるか…。いなくなっていないか…。心配になって、加藤さんの足はついつい遊水地に向かう。

 そのうちに、オスだけが遊水地の奥でじっとしている姿が見られるようになった。タンチョウは2、3年に一度、翼の羽が抜け落ちる。新しい羽に生え代わるまでの約50日間、飛ぶことができなくなるのだ。

■見学者が増えたことでの課題も

町民からも笑われた運動に起きた“奇跡” 農家の取り組みが、絶滅危惧種のタンチョウを呼び戻した
拡大する

 そんな中、「釧路まで行かなくても、タンチョウが見られる」という情報が拡散。堤防の中まで降りて写真を撮るカメラマンや、車でタンチョウに近づき、カメラを構えようとする人も。開発局の監視カメラが捉えた映像には、一部のカメラマンがタンチョウを追い掛け回す様子も収められていた。

 ようやく居着いてくれた2羽のタンチョウのために、呼び戻す会のメンバーは見守り活動を始めた。見学に着た人たちに、「もしよかったら、これを読んでもらって。生き物を優しく見守って欲しいな」と声をかけた。

町民からも笑われた運動に起きた“奇跡” 農家の取り組みが、絶滅危惧種のタンチョウを呼び戻した
拡大する

 さらに、飛べなくなっていたオスに異変も現れた。左足をだらりと下げ、足を着けることができない。怪我をしていたのだ。車が近づいてくる。メスがオスを守るように車との間に入るが、オスはギリギリまで動くことができない。数日後も、足を引きずるオスの姿が確認された。エサも十分に取れていない状態だ。

 現地に入ったタンチョウ研究の第一人者、正富さんは「このまま固まってしまって、一生治らないかもしれない。人間、あるいは他の動物から急に逃げようとしたのか、何かにぶつかった可能性もある」と話す。

町民からも笑われた運動に起きた“奇跡” 農家の取り組みが、絶滅危惧種のタンチョウを呼び戻した
拡大する

 このままでは、別の町で起きた悲劇が舞鶴でも起きてしまうー。そう感じた加藤さんは、子どもたちの力も借りることにした。「むかわ町にいたヒナがカメラマンに追いかけ回され、水路に落ちて死んだ」。

 「近づかないでね 優しくしてね」「大切にしよう どの動物にも命があるよ」「車の中から撮影してくれると安心します」子どもたちに描いてもらったポスターを、遊水地にある観察小屋に貼り出した。じきに飛べるようになったオスは、その後もしばらく舞鶴に留まり、傷を癒した。「撮りたいのもわかるからなあ」と、加藤さんたちの見守り活動は続く。

 冬になると遊水地は雪で覆われ、エサが取れなくなる。雪が積もる前に、2羽のタンチョウも舞鶴から姿を消した。

■「舞鶴小学校」最後の野鳥学習会に現れたタンチョウ

町民からも笑われた運動に起きた“奇跡” 農家の取り組みが、絶滅危惧種のタンチョウを呼び戻した
拡大する

 100年前、開拓と引き換えにタンチョウが消えた長沼町。そして、人口は賑やかだった頃の半分近くにまで減少した。加藤さんにも、農業の跡継ぎはいない。

 さらに地域のシンボルで、加藤さんの家が4代にわたって通った舞鶴小学校が115年の歴史に幕を下ろすことになった。また一つ、「舞鶴」という名前が消えることになる。子どもたちにタンチョウを見せたいと思ったのは、そんな理由もあった。「タンチョウが来るようになったのを喜しく思った矢先に学校が無くなるというのは、子どもたちにとってもかわいそうだと思う。社会に出た時に、ツルがいた舞鶴小学校を卒業したんだと、故郷を思い出してくれればいいなと」。

町民からも笑われた運動に起きた“奇跡” 農家の取り組みが、絶滅危惧種のタンチョウを呼び戻した
拡大する

 2019年11月、観察小屋で野鳥学習会が開かれた。子どもたちが舞鶴小の児童として参加するのは、これが最後になる。やってきていたのは、オスが足を痛めた、あのペアだった。「本当にびっくりした。子どもたちに見てもらおうと思ってタンチョウが来てくれたのか。偶然にも皆さんの目に入るようなところまで来てくれたって、本当に嬉しい限りだ」と加藤さん。

 「見えた見えた!」「近い!」。興奮気味に声を上げる子どもたちの視線の先で、向かい合った2羽が真っ白な羽を広げていた。(北海道テレビ放送制作 テレメンタリー『タンチョウ ふたたび』より)

タンチョウ ふたたび
タンチョウ ふたたび
この記事の画像一覧
この記事の写真をみる(12枚)