サッカーファンと野球ファンを見分ける方法がある。たったひと言、「ハリー」と聞いて誰を想像するか、と尋ねればよいのである。元祖・安打製造機こと、張本勲を思い浮かべたあなたは、おそらく野球ファンだろう。そしてトッテナム所属のイングランド代表FWを連想したあなたは、おそらく熱狂的な欧州サッカーファンである。(英俳優のダニエル・ラドクリフを想像したあなたは、健全な感覚をお持ちだ)

ハリー・ケイン。いま欧州サッカー界で注目を集める22歳は、今季のプレミアリーグで優勝争いを演じるトッテナム(通称スパーズ)のストライカーだ。

身長は元イングランド代表FWのヘスキーと同じ、188センチ。188センチのFWと聞いて、手を広げて持ち場からまったく動かない、カカシのような姿を思い浮かべる方がいるかもしれない。しかし“トッテナムのハリー”は違う。ポストプレーはもちろん、サイドに流れてビルドアップに参加することができる。そこで左右の足から正確なパスを繰り出したかと思えば、キーパーの予想を超えた速度でシュート体勢に入り、エリア外からサイドネットを射抜く。全方位に機能するMFの足と、ゴールに対して機能するFWの足――。2種類の足技に加え、さらに高さも併せ持つハリー・ケインは、アーセナルサポーターをのぞく世界のフットボールファンから「万能型ストライカー」として認められつつある。

10日に行われたプレミアリーグ第33節、ロンドン北部の本拠地ホワイト・ハート・レーンで、トッテナムはマンチェスター・ユナイテッドと対戦し、3-0で完勝した。首位レスターとの勝ち点7差を死守したこの日の勝利は、なんとホームでのマンU戦勝利としては2001年以来15年ぶりだった。(大勝利のあとにテムズ川に飛び込む習慣がないことはロンドン警視庁にとって幸運なことかもしれない)

この日の3得点はいずれも異なるパターンから、しかもケイン以外の選手がネットを揺らした。1得点目は、ポジティブ・トランジョンからMFアリが。2得点目は、セットプレーからDFアルデルヴァイレルトが。3得点目は、サイドチェンジからの低い弾道のクロスにMFラメラが合わせた。

多彩なパターンで得点する充実ぶりは、カウンター一辺倒の首位レスターとは対照的である。実は、あわれトッテナムは、得失点においてレスターを上回っている。第33節終了時点で、得点は60で1位(レスターは57で3位)。失点は25で1位(レスターは31で3位)なのだ。レスターが奇跡的に接戦をものにしているだけで、総合力ではトッテナムが上、とする見方もできるのである。

トッテナムサポーターは今季、2度の予想外の出来事に翻弄されているようだ。1度目は着実な成長が実を結んだか――、ビッグクラブを差し置いて優勝争いをしているという事実である。そして2度目は、しかしレスターにすべての話題をかっさらわれているというワケの分からない事態だ。首位がシティやチェルシーであれば、世の中はトッテナムの躍進にスポットライトを当てたはずである。なのにサッカー界の話題はレスター、レスター、レスターだ。しかし英語にも「二度あることは三度ある」という格言はあるようだ(What happens twice will happen three times)。今季のトッテナムは残り5試合。現時点で3度目の“予想外”があるとすれば、それは勝ち点7差をひっくり返しての逆転優勝しかない。逆転劇のための布石として、騒音をシャットダウンしてゲームに集中することも必要かもしれない。

例年どおり巷には移籍にまつわる噂話が絶えない。当然、ハリー・ケインも例外ではなく、マンU指揮官への就任が噂されるモウリーニョが熱視線を送っているという現地報道もある。しかしシーズン後にケインを失えば、トッテナムの主幹事業はフットボールではなく輸出業だ、と揶揄されかねない。2013年のベイルの件もある(トッテナムから6年契約で当時史上最高額と言われた1億ユーロでレアル・マドリードに移籍)。トッテナムは育てた有望株をビッグクラブに送り出すだけのベルトコンベア・チームなのか? プレミアをより魅力的な群雄割拠のリーグに変えるべく、レスター、トッテナムの主力放出を阻止する――。リーグ全体の利益を俯瞰してそんな英断を下す大人物がいるのだろうか?

幸いにして、11歳から下部組織でプレーしてきたケインは、ジェラード(元リバプール)やギグス(元マンU)の生き様に憧れているようだ。1つのチームに忠誠を尽くす――。昨年2月に5年半の契約延長を結んでいるケインだが、大黒柱の彼がこのタイミングで移籍話を明確に否定することで、優勝に向けてチームの士気を高めることができるかもしれない。今季レスターとの直接対決は残されていない。できることは、やったほうがいい。

レスターの躍進が映画化されるという話が出ている。しかし、トッテナムの逆転優勝も十分な素材になるだろう。騎士道の国で巻き起こった、勝ち点7差からの大逆転ストーリー。タイトルは「ハリー」つながりであの映画シリーズから拝借することをオススメしたい。『ハリー・ケインと不死鳥の騎士団』、これで決まりだ。

(文・タラマサタカ/スポーツライター)

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