オールドトラフォードは、この日も雨だった。

雨の多いことで知られる英国中部の街、マンチェスター。試合当日の気温は8度で、朝から断続的に冷たい雨が降っていた。しかも3日前には、5月だというのに雪が降ったという。寒さをしのぐためのコートが手放せない中、レスター・シティにとって「運命の日」が訪れた。

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マンチェスター・ユナイテッド戦で勝ち点3を獲得すれば、創設132年目のレスターが「プレミアリーグ初制覇」を決める。この歴史的瞬間を見届けようと、地元から約3000人のサポーターがバスで駆けつけた。そんな彼らにタイ人実業家のオーナー、ヴィチャイ・スリヴァッダナプラバ氏が粋な計らいを見せる。クラブモットーである「フィアレス(恐れ知らず)」の文字が入った記念Tシャツをチケット保有者全員にプレゼント。バス内でも、お弁当が無料で振る舞われたという。

オールド・トラフォードの前では、すでにレスター・サポーターが雄叫びを上げていた。「レスターが優勝すればパンツ一丁になる」と公言したガリー・リネカーの合成パンツ写真を掲げる者。あるいは、クラウディオ・ラニエリ監督が選手全員にクリスマス・プレゼントとして渡したことで有名になった「鐘」を鳴らす者もいる(※選手たちに覇気がない時、指揮官は自分の口で「ディリ・ディン、ディリ・ドン」と鐘を鳴らしている)。スタジアムに入っても彼らの勢いは止まらず、オールド・トラフォードでは「カモン!レスター!」のチャントが鳴り響いた。

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しかしキックオフの笛が鳴ると、欧州の名門マンチェスター・Uが貫禄を見せる。スムーズにボールをつなげながら、ピッチ幅を目一杯広く使って敵へ押し込んでいく。マンチェスター・Uのポゼッションは70%。前半8分に早くも先制点を奪い、幸先良く試合をスタートした。

一方のレスターは、出場停止で欠いたジェイミー・バーディーの穴が響いた。岡崎慎司とレオナルド・ウジョアの2トップで挑んだものの、カウンター時にスピードが足りず、効率的に攻撃を繰り出せない。16試合連続で先発出場した岡崎も序盤は守備に回る場面が多く、攻撃面での貢献が足りなかった。右サイドを何度も突破したユナイテッドのサイドバック、アントニオ・バレンシアへのカバーで、自陣ゴールライン近くまで守備に走る日本代表FWの姿があった。

しかし、17分にセットプレーから同点弾。試合終了間際にはダニー・ドリンクウォーターが退場処分となったが、1-1のまま試合終了のホイッスルを聞いた。「夢の劇場」での栄冠達成は叶わなかったが、「エース不在」と「強豪相手のアウェーゲーム」を考えると、貴重な勝ち点1を積み上げたと位置づけられよう。その考えはオールドトラフォードの住人たちも一緒で、通路へ消えていくレスターイレブンに「よくやった」と温かい拍手を送っていた。

それでも試合後、岡崎はまずチームの反省点を口にした。

「出だしから相手にいいサッカーをされ、自分たちの悪い癖が久しぶりに出てしまった。相手にいいサッカーをされると、自分たちは(極端に)引いてしまう。引かされているんじゃなくて、『あえて引いている』なら、いいですけど。なんか戸惑って引いてるって感じだった。入りが悪かった。サイドから崩されることも多かったんで、やっぱりシンドかった」

その一方で、「いいFWなら絶対にあれに触る」と唇を噛んだのが50分の得点チャンスだった。DFダニー・シンプソンのグラウンダーのクロスに滑り込みながら合わせたが、あともう少しのところで足が届かなかった。「あれを触れるか触れないかで、自分が次のステージにいけるか、いけないかが決まってくる。何でもないようなところから、ゴールにつなげるのが自分の良さ。だから、あれも触らないと」(岡崎)。自身のプレーには常に厳しい評価をつける岡崎らしく、反省しきりだった。

しかし、「引き分けはデカイ。トッテナムに相当プレッシャーをかけた」との言葉どおり、試合翌日に2位のトッテナムがチェルシーと引き分けた。結果、レスターのリーグ優勝が自動的に決まった。

バーディー宅でチームメートとともに優勝決定の瞬間を見守った岡崎は、「(チェルシーの同点ゴールとなる)2点目が入った時のボルテージが一番ヤバかった。『えー!そんなー!?』みたいな」と興奮気味に話す。「ピッチで迎えたわけではないので、いまだに何だか信じられないですけど」と語るその表情は、晴れ晴れとしていた。

かくして、世界中の注目を集めた「ミラクル・レスター」の物語は、「奇跡の優勝」という最高の形で完結した。

クラウディオ・ラニエリ監督は、チーム作りをピザに擬えたことがある。ピザの生地になる丸い円を描きながら、「一番大事なことはチームスピリット。次に大事なのは、選手たちが楽しみながら練習すること。ハードワークが必要なことぐらい、彼らも分かっているが、そこに楽しめる部分を与えることが必要なんだ」と話す。さらに、塩をかける仕草をしながら、「少しばかりの運も大事。そして、サポーターはトマトだ。トマトがなければピザじゃない!!」。

チームスピリット、ハードワーク、運、そして熱いサポーター──。今季のレスターには、その全てが揃っていた。ラニエリがつくった“極上のピザ”。彼らのお伽話は、歴史的偉業として今後イングランドで長く語り継がれていく

文・田嶋コウスケ

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