7月13、14日に行われた将棋の王位戦七番勝負第2局。最年少タイトル獲得を目指す藤井聡太七段(17)と、その挑戦を受ける現タイトル保持者・木村一基王位(47)との濃厚な戦いは藤井七段が劇的な逆転勝利。対局の内容、勝敗もさることながら、昼食、おやつ、和服姿など、全てがニュースになる状態の藤井七段だが、各社で大きく報じられたのが、初めての封じ手。その様子を間近で見ていた深浦康市九段(48)が、ファンも疑問に思ったいくつかの点を、明確に説明した。
13日の1日目終了時、後手の藤井七段が40手目を封じることになった。盤を離れ、しばらくしてから戻ってきたところ、手には封筒が3通。普段より1通多かった。これには中継していたABEMAの視聴者からも「多くない?」「なんで3つなの」と矢継ぎ早に疑問の声が飛び交っていた。ここには、木村王位の人柄が滲み出た理由があった。深浦九段は「(対局場となる)札幌入りしたその日、木村王位から提案がありました。通常2通を3通にしていただいて、その中の1つを何かチャリティにあてたらどうですかと。用途は決まっていないようですが、(主催の)新聞各社、もちろん藤井七段にも快諾を得て、3通という運びになりました」と明かした。
藤井七段が出場するタイトル戦、さらには初の封じ手ともなれば、チャリティオークションでも実施すれば、大きな金額になる可能性も十分。直近では豪雨で大きな被害が出ている地域もある。木村王位にとっては、ようやくつかんだタイトルの防衛に全神経を集中したいところだろうが、ふとした心遣いが封じ手というタイトル戦ならではの“イベント”で、形になった。
次に封じ手の中身について。藤井七段は符号を書かず、持ち駒の歩を打つ部分だけ、矢印で示した。第1局で木村王位は、位置を示す符号も合わせて書き記したが、決まりでは、書いても書かなくてもOK。「藤井七段は、書かないタイプということが判明しました」と、深浦九段も笑顔で紹介した。
そして、今回最も注目を集めたのが、対局場で行われたやりとり。3通の封じ手を藤井七段が木村王位に渡したところ、名前が記されていないことに気づいた木村王位が、すっと戻した。目の前で確認していた深浦九段は「封筒の後ろに、赤丸で両対局者がサインをするんですが、藤井さんのサインがなかったんです。慣例では封じ手をした人が、(封で)のり付けする流れでサインするんです」と語った。では、なぜか。「藤井さんには、タイトル保持者から先に書くものだという認識があったようです」と説明した。
このような理由から、サインのない封筒を受け取った木村王位は、小声で藤井七段にこう伝えた。「藤井、藤井って書いて」。封筒の裏面、2カ所に書く決まりになっており、その部分を指差した。これに藤井七段も、すぐに赤ペンを手に取り、慌てず3通にそれぞれサインをする、ということになった。
深浦九段は「木村王位から藤井さんに声をかけた。いつもは封じ手側がサインをしてから相手に渡すものだよと、簡略に伝えたということです。非常に微笑ましい時間でした」と振り返った。このやりとりに、ABEMAで解説を務めていた郷田真隆九段(49)も「よく先輩棋士に、対局中でいろいろ教えてもらうことがありましたから。作法など、それとなく教えていただいた」と自身の経験も語っていた。
今でこそ対局者同士が、対局中に会話するなどめったに見られないが、一昔前までは、普通に見られていた光景。プロ歴24年目・47歳の木村王位から、プロ歴4年目・17歳の藤井七段へ、大注目の中で行われた単純明快なアドバイス。単なる戦いではなく、こんなやりとりが起きるからこそ、将棋の対局は見るものをより楽しませる。
(ABEMA/将棋チャンネルより)