働き方改革関連法の施行から1年あまり。コロナ禍の中、霞が関で働く官僚たちの過酷な労働環境が再びクローズアップされている。
株式会社ワーク・ライフバランスが今年3~5月、国家公務員480名に対するアンケート調査を行ったところ、残業時間については約4割にあたる176人が“過労死レベル”とされる月100時間を超過していると回答。300時間を超えていると答えた人も5人(厚労省4人、法務省1人)いたという。(「コロナ禍における政府・省庁の働き方に関する実態調査」)。
・【映像】ほぼ毎月"過労死レベル残業"元厚労官僚「霞が関の働き方改革をしないと、国民の暮らしに影響がある」
報告を受けた小泉進次郎環境大臣は「ある省の20代の方が言っていますが、オンラインレクに反対の幹部がいて、必ず登庁しなくてはならなかったと。もう最悪ですね」と怒りを露わにした。
■「国民生活にも影響を及ぼす可能性」
「国会議員の先生からの質問への回答を用意するのに時間がかかる。ピーク時には月200時間超の残業が2~4カ月続くこともあった。月に2、3回は終電で帰れるが、あとはタクシー帰りか、職場に泊まるという生活で、平日は寝返り以外に家族が動いているところを見たことがなかった」。
厚生労働省の元職員・おもちさん(20代)は、自身の霞が関生活について、そう振り返る。「結婚しても、一緒に夕食を食べられたのは(数年で)1、2回。寂しかった。結婚した意味があるのかなと思うことも多かった」と妻。“人々を幸せにしたい”という思いから入省したはずが、「自分の家族も幸せにできていないのに、他の困っている方を幸せにするのは難しい」と矛盾を感じるようになり、おもちさんは退職することを選んだ。
今回のアンケート結果について、おもちさんは「本当に激務の方は、アンケートに答える時間が無いくらい忙しいので、厚生労働省の人数(4人)は氷山の一角だろう。それでも労働時間については、やっと実態に即した数字が出てきたと感じる。国会で厚生労働省は“2~5月で労働時間が最も長かった職員は215時間だった”と答弁をした。しかし、元同僚に聞いてみると“実態はもっと長いのに”と言っていた。人手が足りず、他省庁や民間企業に出た人をコロナ対策本部の応援に呼び戻したという話も聞いた。“死にたくなる方の気持ちが初めてわかった”というようなことを仰っている方もいるそうだ」。
その上で「“働き過ぎでかわいそう”だ、で終わらせてはいけない。これは官僚本人や家族の問題だけではなく、国民生活にも大きな影響を及ぼす可能性のある重大な問題だと思うからだ。こんなに残業をしていたら、ミスも増えるし、人材も集まらない。結果として政策に影響が出てくる。そういう危機感を持っていただきたい」と訴えた。
■背景に「慣習や議員の配慮不足」も
こうした長時間労働が常態化する背景には、霞が関特有の仕事の進め方もあるようだ。
おもちさんが質問対応や議員レクなどの国会対応にあたっていた頃のスケジュール例を見てみると、午前3時に退庁し、午前7時に再び登庁。午後には翌日の質問通告を受け、国会答弁書の作成を開始。定時後も一部議員からの質問が届かず待機。議員事務所に急行するなどした後、省内に戻り同僚たちと再び答弁書作成…となっている。「一部の国会議員は官僚の働き方改革に向けて動いてくださっているが、やはり重鎮の方に動いていただかないとなかなか変わらないのかなと思う」。
前出のワーク・ライフバランス社によるアンケート結果によれば、こうした働き方はコロナ禍にあっても変わらないようで、議員への説明(レク)は“対面”が8割。しかも「3密の状態でのレクが常(財務省、20代)」「マスクを外させられた(複数)」「いまだに紙資料を求められる(厚生労働省、30代)」といった実態も。
元外務省職員でもあるワーク・ライフバランス社の二瓶美紀子氏は「“政策を考えるのを最も阻害したのが議員対応だった”というコメントや、同じ党の別々の議員から同じような質問が五月雨式にきたといった、非効率な部分が非常に苦になっていたというコメントもあった。オンライン化の遅れ以上に、慣習や議員の配慮不足が大きな障害になっていることが分かった」と説明する。
「本来、質問通告については委員会開催の2日前の昼までに内容を知らせるという与野党間の合意があるのに、それが守られていない。背景には、委員会がいつ開催されるか、議員自身が把握できないという事情もある。やはり審議日程をあらかじめ決めておくとか、少なくとも3日前までには決めるといったルールが必要だと思う」。
■各省庁改革が始まるも“どんぐりの背くらべ”?
内閣人事局が実施した意識調査では、30歳未満の若手男性官僚の実に7人に1人が数年以内に辞職する意向だという。「残業することが美学。帰りづらい」(厚生労働省・男性、『厚生労働省改革若手チーム緊急提言』より)、「精神を病んでいく同僚を見て明日はわが身と思い退職した」(厚生労働省・20代女性、『官僚の働き方改革を求める国民の会』調べ)など、悲痛な叫びは次々と聞こえてくる。
「官僚の業務内容からすると、若手がどんどん減っていることは致命的だと思う」。おもちさんも抱く危機感を各省庁も感じているのか、小泉大臣の環境省では対面会議を極力禁止し、リモート会議を推進。経産省では国会答弁を電子データ化・答弁案は午後11時まで、内閣府では月に最低1日の有休取得を推奨するなどの取り組みを始めている。
内閣府の改革に携わったという二瓶氏は「本来すべき仕事のため、より良い仕事のためにどうしたら良いかということを職員が考え、出たアイデアを試してみることで残業削減につながった。若手が改善案を提言した厚労省でも、その実践のために今年度から人事課を強化しているようだ。やはり単に人を増やすだけではなく、しっかりとしたマネジメントをする事が必要だ。精神疾患になってしまう方の割合も、霞が関は民間に比べて非常に高い。頑張り過ぎてしまう公務員の気質もあって、ちゃんと機能しなくなってしまう」と話す。
おもちさんは「省庁間の“どんぐりの背くらべ”の域を出ていないと考える。視座をもう一段階上げて、民間企業とも比較するくらいでなければ人材は集まらないし、真の働き方改革はなされない。厚生労働省で言えば、コロナ対応と並行してがんや障害者の方の対策などの業務を行っているので、それらの業務が遅れてしまう恐れが出ている。元同僚たちの間でも危機感を覚えている人は多い。繰り返しにはなるが、やはり国民にも影響が出ることを官僚側からもきちんと発信すべきだと思う。」と訴えた。
■「これが真面目に働いてくれている人たちに対する仕打ちか」
リディラバ代表の安部敏樹氏は「ほとんどの場合、大臣に担当分野の専門知識が乏しいので、官僚が作った答弁を読み上げることしかできない。一方で野党側からすると、質問通告を遅くすればするほど官僚が答弁を作成する時間が無くなるので、大臣が答弁する際のミスを誘うこともできる。これは、机や紙をバンバン叩きながら“どうなんだ!”と言っているところの画だけを流すメディアの問題も大きい。そのようにして、官僚に負担がかかってしまう構図が出来上がっている」と指摘。
「私の同級生にも、公務員よりも給料の良い民間にも行けるけれど、困っている人を助けたい、社会のためインパクトのある仕事がしたいと霞が関に入ったのに、辞めてしまった人が何人もいる。まさに厚労省に行った友人の一人は、激務で生理が来なくなってしまったと言っていた。“男女共同参画を推進している厚労省がこんなスケジュール感で働かせているようでは、男女共同参画は無理だ”と言って辞めていった。社会のことを考えて、真面目に働いてくれている人たちに対する仕打ちとして正しいのか。こんな現状で本当にいいのか」。
ジャーナリストの佐々木俊尚氏は「政治家に求められるのは、細かなルールを知っていることよりも、ある種のビジョンを提示することだと思う。国会では、そのビジョンが本当に日本の国益に適っているのか、という論戦をしなければならない。しかし現実は揚げ足取りや、“そんなことも知らないのか”というテストのような質疑に終始している。それが事前質問という仕組みに帰結し、答えを作る官僚はより緻密なものを用意しなければならないという構造になってしまっている」と話す。
「それこそ1980年代から続く行財政改革の結果、公務員を減らし過ぎて、欧米諸国から見ると人口あたりの数が半分くらいしかいないレベルにまでなってしまった。それなのに、政治家から見れば公務員はいじめても大丈夫な相手になってしまっていて、“人権だ、民主主義だ”と言う一方、それを支える公務員については“叩いても構わない。あいつらは仕事をしていない。遊んでいる。親方日の丸だ”みたいな意識でいる。この、公務員が一種のパブリックエネミーみたいに扱われている現状は厳しい」。(ABEMA/『ABEMA Prime』より)
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