声優で歌手の早見沙織が、アーティスト活動5周年を祝うミニアルバム「GARDEN」を9月2日に発売した。以前から作詞は多く手掛けてきたが、今回は作曲も精力的にこなした。制作活動の期間が、ちょうど新型コロナウイルスによる自粛期間と重なったこともあり、このアルバムは外部からのインプットがほとんどなく「早見沙織」という人物の内側100%で作られたようなものだ。曲を作ることとともに生きたその期間は、早見にとっても「特別な時間でした」と断言できるもの。リスナーにとって前向きになるきっかけになりたいというその思いを、深く聞いた。
【動画】早見沙織 「GARDEN」リリース記念 スペシャルライブ特番
取材の日は、「GARDEN」発売からわずか数日後。それでも関係者を経由して、早見の耳には次々といい知らせ、反響が飛び込んでいた。
早見沙織(以下、早見)
今回は作詞・作曲した楽曲が4曲もあったので、未知なるところが大きかったです。いろいろな方が「前を向く力をもらいました」「このアルバムと日々生きていこうと思います」と言ってくださっているようで、すごくうれしいです。既にアルバムを手に取ってくださった方が、他の方にもたくさんシェアをしていただいているようで、それもうれしいです。
日本だけでなく世界中が、様々な不安に包まれている中、早見らしい優しげな歌声に癒やされる人も多いのだろう。楽曲についてのレビューを、ファンが様々なところに書き記しているともいう。思いを込めて作った楽曲たちが、リスナーの心の中に根付き、芽吹いた証拠だ。
早見
アルバム全体としては、自分の内側と向き合うことが多かったですね。その上で、前向きな明るい曲だったり、後ろ向きではあるけれど何か光に向かって歩いていく曲だったり。「GARDEN」というアルバムタイトルも、その人その人の内側にある庭という捉え方でしたので、心の一つ一つを描写して曲に入れるようにしました。
アルバムと同名の1曲目「GARDEN」は、どこか80’s、90’sを感じさせるテイストながら、冨田恵一(冨田ラボ)のサウンドプロデュースによって、単なる懐かしさだけでなく、しっかりと“今”の楽曲に仕上がっている。MVも画面比率を16:9ではなく、あえて4:3にもした。
早見
「GARDEN」は、ピアノを弾きながらメロディラインをダダダっと考えたんです。とにかく前を向いて開放的に進んでいけるようにと思い、特にサビで意識しましたね。メロディができてから、歌詞は一から書き直しました。普段はメロディを作っている段階に、歌いやすいような歌詞がついてくるんです。2曲目の「瀬戸際」はそんな感じでした。「GARDEN」は、冨田さんの編曲の影響も大きくて、より一層開放感がある前向きなサウンドになりました。MVの映像全体で意識したのは、歌詞に表現されているような広がっていく感じです。肯定的に進んでいくところは、映像ではラストでよき塩梅にリンクしたのかなと思います。
リスナーの心の内側にある庭に届ける楽曲は、早見の内側で育まれたものが大いに活かされている。また、自粛期間で外部との接触がほとんどなかった時期で制作を行ったことが、制作活動を超えたところでも、早見自身が己と向き合うことにもなった。
早見
いつもだったら外に出てアフレコ現場だったり、レコーディングブースだったり、いろいろなところを行き来して、その移動中だったり、帰ってきて深夜だったりに、曲を作ったり歌詞を書いたりというのがメインの動きだったんです。ところがそれが一切なくなって、いつ何時、この曲について考えられて、作業ができる。それによってご飯のタイミングすら変わったり(笑)。それがメインになってくるのって、ある種特別な時間でした。その中で楽曲自体とも向き合いましたし、自分がちょうどアーティスト5周年ということもあって、これからどんな音楽活動をしていきたいかなとか、聴いてもらった人にどんなものを届けられるんだろうなとか、自分にどんなことができるんだろうかと、(気持ちが)上がったり下がったりしていました。長い時間でしたね。
目や耳に飛び込んでくる新たな情報を曲に反映するのではなく、今まで見聞きし、自分の中に格納されていたものを一つ一つ見つけ出して、音や言葉に変換する作業。早見沙織の心の庭にはどんな土があり、木が生え、花が咲いているか。思い描いたような庭を作れているか。実に長い自問自答の日々だった。
早見
アーティスト活動だけじゃなくて、声優活動もそうだし、仕事全般、もっと大きく言うと、自分がどうやって生きていくか、自分の人生をどうやって作っていくか、そういう時に何を自分の軸としてどうやっていったらいいんだろうかまで考えましたね。ここで100%決めるわけではないですが、普段だったらおざなりになっていた部分と向き合う期間ではありましたね。
長く自分を見つめ直した結果、見えてきたものは表現の方法ではなく、聴く人々の思いにどこまで寄り添えるか。力になれるか。そんな優しい気持ちだった。
早見
やっぱり自分の歌を日々聴いていただく方にとって、本当にちょっとでも救いになりたいんです。どんどんハードになっていく日々の中で、いろいろなことがあって、いろいろな人が、いろいろな思いをして生きている。そういう中で、ちょっとでも息を抜けたり、また明日から生きていこうという力になれたりだとか、背中を押せる楽曲づくりやアーティストになっていけたらいいなと思います。自分自身でもっと意識して、音楽のチームみんなでやっていけたらなと思います。
アーティストとして5年目、声優としてはさらにキャリアは長く、数多くの役を担当してきた。キャラクターを演じること、早見沙織として活動すること。同じ部分と違う部分も見えてきた。
早見
すごく違うように感じるところと、同じように感じるところと両方あるんですよね。自分でもおもしろいなと思います。自分が見る時もそうですが、役を演じる時は、その役が持っている情報や、いろいろなフィルターを通して見ることがあるので、演じている私はそんなに前面に出てこないというか、私は声という一部のパーツを担当しているだけなんです。自分の名前で歌を歌って、物を作って表現していく時、アーティストとして何を発信していくのか、どういう風に活動しているのか、その全てがダイレクトに伝わっていくところは、大きく違うなとは思います。だからこそ、どうやって、どう伝えてっていうのは、すごく真摯で緻密に向き合わないといけないなと思います。でも表現するというところで見ていくと、「早見沙織」としてどういうものを表現するのかというのは、結局あまり変わらないのかなと。自分という表現者をもって何を伝えていくのかは、お芝居でも歌でもあまり変わらないと思います。
一時は一人、思い悩む時間もあったという早見。自分自身を何度となく見つめ直し、楽曲だけでなく生き方の指針も作り上げた。人の心に寄り添い、ほんの少しでも救いになりたい。その思いは、これから生まれるどんな楽曲でも、どんなセリフでも、きっとファンの胸に届く。