「毎月15万円をこれから3年間、無条件でずっとあげます」。来年春からドイツで、18歳以上の希望者に毎月1200ユーロ(約15万円)を支給するという、国をあげての社会実験が行われようとしている。受付開始から我先にと100万人が応募したそうだが、実際に受け取れるのは抽選で選ばれた120人。この実験は単なるばら撒きではなく、政府が生活に最低限必要な現金を一律に支給する「ベーシックインカム」という考え方に基づいている。
新型コロナウイルスの影響により、世界中が今ベーシックインカムに注目している。日本でも5月、所得制限もなく一律10万円が支給された「特別定額給付金」があった。多くの国が同様の対策を打ち出し、コロナ不況を救う経済政策とまで言われている。
ベーシックインカムをすでに日本でも実践しているのが、“お金配りおじさん”と称しTwitterを使って現金を配っている株式会社スタートトゥデイ代表取締役の前澤友作氏。1000人に100万円ずつ総額10億円を配布。何の苦労もなく大金を手にした人は一体何に使うのか、どんなチャレンジに踏み切るのか。ライフスタイルの変化に関するデータを集める壮大な社会実験だ。
11日の『ABEMA Prime』は、その実験に研究者として参加している駒沢大学経済学部准教授の井上智洋氏と、同じくベーシックインカムに賛成派の2ちゃんねる創設者・西村博之(ひろゆき)氏らとともに議論した。
■“前澤実験”にひろゆき氏「ベーシックインカムと呼ぶべきでない」
「前澤式ベーシックインカム社会実験」は2020年の元日、前澤氏の発表からスタート。1000人に100万円、総額10億円をランダムに配り、使い方は手にした人の自由。100万円というきっかけを手にした人たちにアンケート調査を行い、働き方や考え方を含めた変化を見ることで、ベーシックインカムの検討につなげることが狙いだ。
調査対象は、「100万円を4月に一括受け取り(250名)」「100万円を10月に一括受け取り(250名)」「100万円を1年間分割で受け取り(500名)」「100万円は受け取らないが、この社会実験に参加する人(78,117名)」の4グループに分かれている。
実験の意図について井上氏は、「ベーシックインカムは主に貧困層をターゲットにしていて、日々の暮らしにそのお金を使うということで給付は毎月の方がいいとされていた。しかし前澤さんの狙いは別のところにあって、中間層の人たちが100万円をドンともらった時、留学や起業など“ポジティブなことにお金を使って人生を充実させるんじゃないか”と。100万円を一括でもらった人と毎月8万3000円をもらった人でどんな差があるのかを見てみようという意図があって、給付の仕方を分けている」と説明。
100万円をもらえる人とそうでない人では、受給者の方が幸福度が高かったりストレス度が低かったりする一方、10月に100万円をもらえる人も4月の段階で幸福度が上がっているという。「要するに実際にお金を手にしなくても、もらえるという約束があればハッピーになってしまう。お金の持つ“不思議な力”のようなものを確認することができつつあるという状況」。
また、100万円の当選者は、意欲が向上したこととして「起業」「結婚」「留学」などと答えたという。ただ、今年はコロナの影響もあり支出の変化が見られないそうで、「実際に留学したり結婚したり、起業する人が増えているかはまだ見てとれていない。コロナでやりたいこともできないのが現状で、外食は100万円を受給した人の方が増えているが、それ以外の部分であまり有意な結果は今のところ出ていない」とした。
一方で、ひろゆき氏は「この実験をベーシックインカムと呼ぶのはやめた方がいいと思っている」と指摘。「継続的にお金をもらうことで生活の不安がなくなる、それで新しい技術を生んだり転職するという話なのに、1回100万円もらうだけなら単なる臨時収入なので“人生を変えよう”とならない。結果、起業や留学する人は増えず、みんな今まで通り同じ生活をするとなったら、“じゃあベーシックインカム意味ないじゃん”となってしまう。前澤さんと井上さんがやっているものをベーシックインカムとして進めて発表するのは誤解を生む」と話す。
また、100万円を1年間分割で受け取るグループについては、「1年で終わるなら意味がない。20年、30年続けて“働くという不安は必要ない。生活は保障されている。あなたの人生何を選びますか?”というのが元々の思想なので、ベーシックインカムという流行りの言葉を使った別のことをやっていると僕は思っている」との考えを示した。
この指摘に井上氏は、「この実験を始める1月の段階からかなり指摘されてきたこと。ただ、世界的にもベーシックインカムの実験と称して1年、2年で終わることはあるので、言葉の使い方としてはそんなに見当外れではないと思う。しかし、恒久的に給付する場合とそうでない場合ではかなり差が出てしまうので、今回の実験で起業する人が増えなかったからといって、それをもってベーシックインカムの欠点と呼ぶのは間違いだと思う」と述べた。
■カナダで“事故やDVの減少”報告も
1974年から79年にカナダ・マニトバ州のドーフィンで行われた、全世帯を対象に現金(収入により額を算出)を支給する実験では、交通事故の減少、入院するようなケガの減少、家庭内暴力(DV)の減少などの成果が報告されたという。
ベーシックインカムのメリットとしては、貧困層をもれなく救済できること、景気をよくできること、社会制度の簡素化、少子化の解消、都市と地方の格差の解消、ブラック企業の減少などがあげられている。
こうした議論が進む中、井上氏はAIがベーシックインカムの導入を押し進めるのではないかと予測する。AIの普及により、人間の仕事は作家・音楽家・芸能人・発明や研究などのクリエイティビティ系、工場や店舗の管理・会社経営などのマネージメント系、介護福祉士・看護師・保育士・インストラクターなどのホスピタリティ系の分野に集中、結果として低所得者層が拡大しベーシックインカムが必要になるとしている。
井上氏は「ここ数年を見ても、YouTuberやTikTokerなどのように自分を表現するような仕事が増えていて、これからも増えると思う。AIによって既存の仕事がなくなった時、“クリエイティブな仕事をやればいいじゃないか”というのはその通りだが、人によってかなり格差が大きい。一部の成功した人がかなりの収入を得て、年収10万円以下が1番のボリュームゾーンになっている。ミュージシャンや芸人の世界は今でもこうなっていると思うが、ベーシックインカムを導入して(仕事で)食べられないクリエイターの人たちを助ける必要はあると思っている」と説明する。
そもそも、ベーシックインカムを実施できるのはどのような国なのか。日本で取り入れられる可能性はあるのか。「生産力が高い国かどうかが問題だと思う。発展途上国でかなり貧しい国の場合、人にお金を使ってもらう余裕がないと思うが、日本のような先進国ならまず問題はないと思っている。この間、国民に10万円の特別定額給付金が給付されたが、国債を発行し財源としている。国債というのは日銀が買い取っていて、言ってみれば日銀がお金を刷ってばら撒いているのとほとんど同じこと。そうするとインフレを心配するが、今日本はコロナでデフレ不況に戻りつつある。日本が過度なインフレでない限りは、国債を発行して賄ってもある程度問題はないと思っている。ただ、過度なインフレにならない程度に収めないといけない。日本は20年以上苦しめられてきたデフレ不況から脱却したかったわけで、お金は少々ばら撒いても構わないと思っている」との考えを示した。
■既存の制度では守れない? 月7万支給で日本は変わるのか
日本には生活保護や失業保険などの社会保障があるが、ベーシックインカムを導入するべき理由とはどのようなものなのか。
日本で導入するにあたり「7万円」程度を妥当だとする井上氏は、「社会保障制度はかなり複雑。もらえる人ともらえない人がいて、貧しいのにもらえていないという不公平も生じているので、もっと包括的にすべての人を救済するような仕組みが必要だと思っている。とはいえ、ある程度既存の社会保障制度で置き換え可能な部分もあり、実は社会保障制度を全廃すべきではないと考えている。障害者の方や重い病気を抱えている方が、月7万円だけで生活していくというのはかなり苦しいことで、障害者年金や健康保険は残した方がいい。逆に、児童手当などは今でも子ども1人につき1万円~1万5000円ほどしかもらっておらず、ベーシックインカムで7万円もらえるならその方が全然いい。ハンディキャップを抱えている人たちへの支援策は残しておくべきで、置き換え可能なものとそうでないものはもう少し議論した方がいいとは思っている」と話す。
では、日本でベーシックインカムを導入するのに実際にどれだけのお金がかかるのか。日本の人口1億2593万人に月7万円を支給すると、8兆8151億円。これを1年続けると105兆7812億円になる。ちなみに、2020年度の国の予算案(一般会計総額)は102兆6580億円で、うち社会保障費は35兆8608億円だ。
ひろゆき氏は「その額のお金でどれだけ税収が増えるかと、人の生活がどれくらい変わるか。100兆円は今回、コロナ対策費などで国会の予算承認が下りた額なので、1年やろうと思ったらもうできる状況に日本はあると思う。生活保護を維持するより、頑張りたい人は(ベーシックインカムで)もらったお金で生活をなんとかして、勉強してスキルをつけたり大学に行くといったように、もう少し頑張る人が報われる社会にした方が日本全体が良くなると思う」と持論を述べる。
2010年時点の生活保護の利用率を見てみると、日本は人口1億2700万人に対して利用者数が199万8957人で1.6%、一方でフランスは人口8117万人に対して利用者数が793万5000人で9.8%となっている。また、受給資格を持つ人のうち実際に利用している人の割合を示す捕捉率は、日本が15.3~18%、フランスが91.6%となっている(『生活保護「改革」ここが焦点だ!』生活保護問題対策全国会議より)。
生活保護の問題点について井上氏は、「捕捉率は2割で、残りの8割の人はもらえていない。日本でも毎年数十人が餓死している現状もある。もらわなくてもいい人がもらったり、もらわなきゃいけない人がもらえていなかったりという不公平が発生しているので、やはりベーシックインカムが取って代わる必要があると思っている」と指摘。
一方で、“最後の守り”として残しておくのも一案だとし、「ベーシックインカムで基本的に救済できるはずだが、政府が想定していなかったような困り方をしている人も出てくると思う。障害者年金や重い病気を抱えている人にはいろいろな医療保険があるが、生活保護がなくなって困るというのは、生活保護で医療費がタダになる部分が実はすごく大きい。新しい制度を作るというのでもいいと思うが、重い病気を抱えながら生活保護によってなんとか生きている人がいる現状も無視できない」と述べた。
生活保護は、国が定める「最低生活費」に対して収入が満たない分を支給し、収入があれば支給額を減額する仕組みだ。
この構造にひろゆき氏は「現状、生活保護はお金を稼ぐと生活保護の額が減る。仕事を始めて月4万円もらえるようになったら生活保護が4万円減ってしまうので、『働くだけ損じゃん』となる。医療費が無料なので、もらった薬をネットのオークションなどで売るなど正規の仕事ではないことでお小遣いを稼いだり、生活保護のままで居続けるのが得な状態になってしまう。ちゃんとまともな仕事をしてもらう形にしないとダメだと思う」と問題提起する。
これに井上氏も「“貧困の罠”というが、1回生活保護を受給するようになると、働いても働いていなくてももらえる額がほとんど変わらないという仕組みになっているので、なかなか労働して賃金収入を得る気にならないという問題が確かにある。逆に、生活保護が抱えている捕捉率が低いとか労働のインセンティブが湧かないという2点を解消すると、実はほぼベーシックインカムと同じ制度になってしまう。よくベーシックインカムがとんでもない制度だと言う人がいるが、生活保護の問題点を解消すると同じような制度になるということは広く知っていただきたい」と述べた。
最後に井上氏は「生活保護のいろいろな給付を受ける、支援する仕組みはあるが、申請することすら難しい人というのが本当の弱者だ。その本当に困っている人を救済できるような仕組みには全然なっていないと思う」と訴えた。
(ABEMA/『ABEMA Prime』より)
■Pick Up
・「ABEMA NEWSチャンネル」がアジアで評価された理由
・ネットニュース界で話題「ABEMA NEWSチャンネル」番組制作の裏側