2020年9月23日の大番狂わせ、その伏線は1995年10月9日にあった。
プロレスリング・ノアのシングルリーグ戦N-1 VICTORY 。23日の後楽園ホール大会で、清宮海斗は桜庭和志と対戦した。総合格闘技で知られる桜庭は昨年からノアに参戦し、現在はタッグ王者でもある。N-1リーグ戦には今回が初出場だ。
対する清宮はノア新世代のエース。昨年はGHCヘビー級王座を1年間にわたって守り続けた。今年はベルト奪還を期してのN-1初エントリーとなる。
桜庭51歳、清宮24歳。レジェンドvs新星。UWFインターナショナル出身で総合格闘技で活躍してきた桜庭と、ノア一本の清宮。対照的な顔合わせが実現するのも今のノアの面白さだ。
グラウンドに引きずりこめば桜庭が圧倒的に優位と思われたこの試合だが、予想に反して清宮はグラウンドから逃げなかった。むしろ真っ向からの寝技勝負だ。肩固めに腕十字、スタンドに戻っても自らタックルで足もとに飛び込んだ。
桜庭のフェイスロックに悲鳴をあげる場面もあったが、守勢に回るとすかさずロープの近くに位置どりしてしのぐ。ロープエスケープというプロレスならではのルールも使いながら、清宮は桜庭と渡り合った。
試合後に話を聞くと「いつも練習していることに自信があったので」と寝技勝負の理由を語った清宮。昨年からノアには桜庭に藤田和之、鈴木秀樹といった選手が参戦しており、そのことで普段は目立たないノア勢の“武器”がクローズアップされている。
といってこれは総合格闘技や柔術、グラップリングとは違う闘いだ。桜庭のキックをキャッチした清宮は抱え上げるとニークラッシャー、そこから足4の字固めへ。これはロープに逃げた桜庭だったが、2度目の4の字でギブアップに追い込まれた。“プロレスの寝技”による勝利だ。清宮曰く「ふだん桜庭さんが受けていない技を使おうと」。
伏線は95年の10.9東京ドーム決戦、武藤敬司vs高田延彦だ。“最強”を標榜するUWFインターナショナルの高田を、新日本プロレスの武藤が“プロレス技”足4の字で下した伝説の対抗戦。桜庭はUインター出身であり、10.9ドームにも出場していた。清宮は“Uインター殺し”の伝統に則って勝ったと言える。
まして清宮の足4の字は付け焼き刃ではない。彼は今年、武藤と6人タッグ、タッグ、シングルで対戦。どの試合でも足4の字に苦しめられ、シングルではギブアップ負けを喫している。その経験がここで活きたのだ。
「これまでの試合で盗んで、練習してきたものが出ました」
試合後の清宮のコメントだ。「これまで闘った相手から吸収しているし、だから感謝もしてます」とも語っている。
武藤vs高田という歴史があり、武藤vs清宮という経験を経て、桜庭戦で大きな結果を出した清宮。これでリーグ戦は2勝1敗1分、Aブロック突破に前進した。残るはGHCヘビー級王者・潮崎豪との対戦。桜庭を下した勢いも強みになる。
「このまま優勝までいきます」
王座陥落以来、苦しい闘いが続いてきた清宮だが、その経験が今では自信につながっている。
文/橋本宗洋
写真/プロレスリング・ノア