上陸できなかったイージス・アショア 地元に残った不信感、分断、イノシシよけの電気柵…
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 日本海に面する人口およそ3200人の小さな町・山口県阿武町。基幹産業は農業だ。そんな阿武町で特産品のスイカを育てる原スミ子さん(77)の自宅の裏山は、「イージス・アショア」の配備候補地とされた。

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 日本の「弾道ミサイル防衛能力」を飛躍的に向上させると謳われる陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」。弾道ミサイルをレーダーで探知し、迎撃ミサイルによって大気圏外で撃ち落とすもので、イージス艦の迎撃ミサイルシステムを陸上に配備する構想だった。政府は2017年12月、北朝鮮の弾道ミサイルの脅威に対応するために導入を閣議決定。30年間の維持・運用費を含めおよそ4500億円かかるが、これを山口県と秋田県に配備することで、日本全域を24時間365日、最も効率的に防護できるとされた。

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 このうち、山口県の配備候補地となったのが、萩市にある陸上自衛隊むつみ演習場だった。その北側に隣接する阿武町は、レーダーが照射される北朝鮮方向の真下に当たる。そこで住民が懸念を示したのが、迎撃ミサイルの発射直後の上昇を補助した後で切り離される、長さ約1.7m、重さ200kg強の部品「ブースター」の落下だ。

 反対の声の中、今年6月、河野太郎防衛大臣(当時)が配備に関するプロセスを停止する決断を下した。6月19日、山口県庁では村岡嗣政山口県知事と相対した河野太郎防衛大臣は、「ブースターの落下につきまして、最初から十分な精査を行った上で、回答や説明をしてこなかったというご指摘につきまして、本当に申し訳なく思います」と陳謝。「地元住民に無用の分断をもたらしたといっても過言ではありません」と語った萩市の藤道健二市長にも「本当に心よりお詫びを…」と頭を下げた。

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 「拙速であったのではないかなという風な思いは致します」。会見でそう述べたのが、阿武町の花田憲彦町長だ。最強の盾「イージス」が上陸できなかった山里に残されたものとは…。

■「演習場の中に落とすということもできます」

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 「あのときは、やはり核弾頭ミサイルをいかに落とすかということが議論の中心で、ブースターが議論の中心だったという記憶はないんですよね。それが住民説明会のときに出てきたんですよね」。イージス・アショア導入が決まった当時、自衛隊制服組のトップ・統合幕僚長を務めていた河野克俊氏はそう振り返る。

 実際、配備候補地が指定された2018年に防衛省が萩市と阿武町で開いた住民説明会の説明資料にも「むつみ演習場でのブースター落下」に関する記述はなかった。しかし、住民たちからは「子どもたちの未来が残酷なことになってしまってからではもう遅いと思います」「自衛隊員は2、3年したら転勤じゃないですか。地元の人は一生ですよ」と、次々と不安の声が上がり始める。

 それでも防衛省側は迎撃ミサイルの飛翔経路をコントロールし、切り離されたブースターをむつみ演習場内の落下区域に落とすと繰り返し強調した。

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 防衛省防衛政策局・五味賢至戦略企画課長(当時)も会見で「ブースターは大気圏外で燃え尽きるということではなく、落下するということになりますけど、落ちる場所というのはちゃんとコントロールすることができますので、当然、住民の皆様方に影響を与えるような所に落とすということは絶対にございません。そこは安心していただければと思います」「例えばですけれども、演習場の中に落とすということもできます」と回答していた。

 このときは、まだ“例えば”だった落下地点の問題は、その後、地元との“約束”となる。

■「“防衛省 見てきたような ウソを言い”」…2000億円と12年が必要に

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 やがて、阿武町には配備に反対する住民団体「阿武町民の会」が発足。有権者の過半数となる1626人が参加した。

 「演習場内に落下させるための措置をしっかりと講じてまいりたいと考えております」と話す防衛省の森田治男・中国四国防衛局長に、会長の吉岡勝さんが「田舎で人が少ないから、もう犠牲になれよと?命は一緒ですよ」と迫る。スイカを育てる原さんは、副会長に推された。「防衛省の方が軍事で国防を考えるのも大事ですけど、私たちが田舎で農作物を作り都会に届けることも国防じゃないかと私は思います」。

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 町民の会では、その後も防衛省に対し何度も配備の見直しを求めてきた。「所長さん、本気でよそを探していただきたいと思います」と話す原さんに、佐々木知昭・中国四国防衛局むつみ現地連絡所長(当時)は「お話は承ります。まず上級機関に申し入れの中身のひとつであったということでご報告はさせていただきます」と回答した。

 自宅で「これでも進めますかね、防衛省は。住民の理解はだんだんなくなるような気がするんですけど」とこぼす原さん。しかし、“理解”以前に、説明が間違っていたことも明らかとなった。

 ブースターが、演習場の外に落下する恐れがあることが分かったのだ。しかも、演習場内に確実に落下させるための改修に、およそ2000億円の費用と12年の期間がかかるという。結果、改修は合理的ではないと判断され、計画は白紙撤回となった。

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 阿武町の花田町長は「(防衛省は)根拠のない発言をされた、と言わざるを得ないですよね」と批判、「北朝鮮が弾道ミサイルの実験を頻繁に毎週のようにミサイルを打ち上げていた段階の中で、防衛省においてもある意味パニック状態になっていたのかなと」と推測し。原さんも「私は言うたんですよ。“防衛省 見てきたような ウソを言い”って」と皮肉る。

 イージス艦では海に落下するため問題とされないブースターだが、陸上に配備する場合、基地周辺へのブースター落下の懸念は初めから上がってくるべきではないかないのか。イージス・アショアを配備しているルーマニアでは、近隣の村まで約4kmの距離がある。しかし防衛省・自衛隊が急いで選んだ2つの演習場の周辺には、いずれも民家がある。

 「それは上がってくるべきなんですよね。ただ、あの当時は“今そこにある危機”だった。だから、導入するにあたっては“極力早く”というのが一つの要素だったし、我々にはそれが要求された。民有地に用地交渉するのは時間もかかるし、理解を得られるのもなかなか難しいだろうということで、国有地の陸上自衛隊の演習地であれば、と」(河野前統合幕僚長)。

■海上自衛隊元海将「レーダーの選定にも違和感」

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 また、専門家からはブースター落下の問題だけが白紙撤回の理由なのかと、様々な意見が上がった。河野前統合幕僚長は「基地外に落ちることが100%防げないのであればもうやめた、という話はちょっと議論が飛び過ぎていると思う」と話す。

 会見で「(演習場内への)確実な落下ができないという今般の判断に至りましたので、そこについては防衛大臣としてお詫びを申し上げるしかないと思っている」と述べた河野大臣。記者から「ブースターの問題が計画停止の唯一の理由なのか、たくさんある中の代表的な理由なのか?」と問われると、「さきほど申し上げた通りです」と述べるに留めた。

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 「部品が落ちるということを理由にして配備の事業自体を幕引きにしたかったと」。そう含みを持たせた言い方をするのは、海上自衛隊の伊藤俊幸元海将だ。日米のミサイル防衛協議にも携わった伊藤氏は、イージス・アショアの眼となるレーダーの選定に違和感を覚えると話す。

 「イージス艦のものを改造する経緯を知っている人間からすると、ロッキード・マーチン社の物に決めたということ自体に不信感がありました。日本は米海軍が採用し生産しているものではなく、パンフレットだけ存在しないものを買った。当然、これから作る以上、理論的には色々なものが上乗せされてくるに違いない」。

 候補に挙がっていたのは、すでに製造が始まり、アメリカ海軍が次期イージス艦に導入予定の「SPY-6」(米レイセオン社)と、開発中の「SPY-7」(米ロッキード・マーティン社)。レーダーの選定に関する防衛省の資料には、経費は「スパイ7の方が安い」とされている一方、「選定にあたっては、現時点で把握できない費用は含まれていない」とも記されている。後者を選んだ防衛省は、開発にかかる追加費用については「アメリカと協議中」との答弁を国会で繰り返した。

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 河野前統合幕僚長は「気を付けないといけないのは、防衛省での機種選定には絶対に不正があってはならんということです。SPY-6にした方がいいと固有名詞を出して主張している人もいるが、防衛省として、ちゃんと客観的評価をして、SPY-7という結論が出ている」と説明する。

 しかし伊藤氏は「ミサイルが民家に落ちないようにしてくれと言われてOKと答えていたのに、ミサイルそのものの改造が必要だからプラス2000億円、12年かかると。そういうことを平気で言ってくる。ということは、作ってみたらこういうテストが必要だった、ああいうテストも必要だったと分かった、ということも十分あり得た。私はイージス・アショアが必要なものだと今でも思っているが、どういったものを選ぶかというプロセスに始まり、陸上自衛隊の2カ所に置くこと、そこからの一連の説明ぶりなどがあまりにもひどかったと思う。だから、もうこれ以上できないということで河野大臣が決断されたということなのかなと思う」と話した。

■小野寺元防衛相「政治に対してウソをついてきたのか」

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 イージス・アショア導入決定時の防衛大臣だった小野寺五典衆院議員は「防衛省は今まで政治に対してウソをついてきたのか」と厳しく批判する。

 「大臣のとき、前任の稲田大臣の時に起きた日報問題を厳しく正して、しっかり範を垂れるようにやったつもりなんですが、“確実にブースターを落とせます”という地元への説明が違うかもしれないと気づいていたなら、すぐに大臣に上げるべきだったと思います。しかし河野大臣が知ったのは今年5月の終わりくらいということですから、直前ですよ。しかもアメリカに頻繁に照会を始めたのが2月くらいだったと。こういう大きな問題を大臣を含め政治の場にしっかり上げなければならないのに、相当遅いなと感じる。また同じようなガバナンスの問題を繰り返していないかなという心配があります」。

 イージス・アショア関連経費のうち、日本はアメリカ側と1787億円分を契約済みで、すでに196億円を支払っている。

■“実態調査”としてイノシシよけの電気柵の設置も

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 「してくれというからやったんでしょう。賛成派の方には、そういう施設を作るとか。僕らの方からしたら嬉しい話じゃない」。

 むつみ演習場の南側に位置する萩市むつみ地区の大田一久さんも、計画に反対してきた一人だ。イージス・アショア配備計画が進められていた今年5月、地区に変化があったという。「田んぼの周りに張り巡らされている、イノシシよけの電気柵の電線ある電線4本のうち、2本は個人所有の電気柵を補強する形で防衛省が設置した。

 中国四国防衛局によると「演習場起因の鳥獣による作物被害が生じている」という周辺住民からの苦情が寄せられたため実態調査の一環として設置したといい、配備計画との関係は否定している。

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 60年前に開設された演習場では訓練が年間150日以上行われており、騒音も出る。しかし、イノシシ被害の苦情が寄せられ始めたのはイージス・アショア配備候補地となってから。過去に鳥獣被害調査の名のもとに電気柵が設置されたことはない。

 昨年6月、防衛省は演習場周辺住民を対象にした非公開の説明会を開いた。住民からは「診療所」や「交通」の整備を進めてほしいなどの要望も出たという。「あらかじめ皆さんのご意見をいただけると、我々としてどういったものが対策というか補助事業としてできるのか参考になりますということでお話しはさせて頂いた。中には“ありがとう”と言って下さった方もいらっしゃいます」と振り返るのは、佐々木知昭・中国四国防衛局むつみ現地連絡所長(当時)だ。

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 去年12月には、「反対一辺倒の対応も現実的ではない」「意見・要望を率直に伝える良い機会」などと書かれた差出人不明の説明会の案内も配られた。反対を表明している人にはチラシは届かず、説明会には防衛省から3人が出席した。このときも非公開で行われ、防衛省は「相手方との関係上、そのやりとりの逐一を答えることは差し控える」としている。

 イージス・アショア配備計画は消え、電気柵が残ったむつみ地区。「こういうことになると、どうしても地元に分断が起きるね。取り戻すのはなかなか時間がかかると思いますね」(大田さん)。

■「こっちが質問した通りになったじゃないですか」

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 イージス・アショア配備計画の白紙撤回を受け、解散することを決めた「阿武町民の会」。吉岡会長は「ごくろうさんです。もう疲れ切っています」と満身創痍の様子だ。

 「国防とかね、本当分からんかったですけど、電磁波、ブースター、こっちが質問した通りになったじゃないですか」と話す原さん。立派に実った大玉のスイカを眺めながら「う~ん、ブランドやねぇ縞でもスイカらしく絵に描いたような縞にならんにゃあ、いけんしねぇ。楽しい。作ってみたら楽しいし、また自分が作ったものを誰かが買ってくれると思ったら。それで農業をできるんじゃろうねぇ。今はもうね、先が見えたから。安心していろんなものが作れるなと思います」。

 もうミサイルのブースターが落ちてくる心配はない。(山口朝日放送制作 テレメンタリー盾はスイカも守れない~上陸できなかったイージス~』より)

盾はスイカも守れない~上陸できなかったイージス~
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