超ストイック棋士が大きな壁を乗り越えたのは、やはり鍛錬によるものだった。将棋の王座戦五番勝負の最終局、第5局が10月14日に行われ、永瀬拓矢王座(28)が久保利明九段(45)に勝利、3勝2敗で初防衛と九段昇段を果たした。永瀬王座は10月に入り遠征もある中で、14日間で6局をこなす過密日程も乗り越えた。防衛後のインタビューでは「休みたいことはない」「将棋は嫌いにならなかった」と笑顔でコメントしたが、少しでも体を休めたいところ、仲間の棋士には“朝練”を持ちかけるなど、その超ストイックぶりも明らかになった。
ついに「フルセットの壁」を乗り越えた。挑戦者として出場した2016年度の棋聖戦五番勝負、2017年度の棋王戦五番勝負、防衛戦として臨んだ今年度の叡王戦七番勝負と、今回の王座戦五番勝負。タイトル戦出場6回のうち、4回がフルセットになるのも、千日手を厭わない永瀬王座らしいというべきか。ただ、これまでの3回は全て決定局で敗れ、あと1つで奪取・防衛を逃してきた。そして4回目。「フルセットが課題だったので勝つことができてよかったです。フルセットで勝てるのが強い棋士だと思っていたので、今日はなんとか結果を出したいと思っていました。今までも一生懸命やっていたつもりでしたが、それでも結果が出ていなかったので、結果は結果として、今日は思い切りよく指したつもりです」と、高揚感よりも安堵に近い思いを抱いたようだ。
もともと将棋に対する姿勢がストイックで知られる棋士。周囲からは過密日程における体調を心配されたり、調整法について聞かれたりする。本人は親交の深い藤井聡太二冠(18)からの「寝なさいという教えがあった(笑)」ため、睡眠時間を増やしたようだが、それも他者から比べれば確実に少ない。研究に没頭しすぎたのか「ちょっとおかしくなることがあるんですけど何の現象なんですかね。単なる寝不足でしょうか。ただプロ棋士は、ぎりぎりのところで戦っているだなと思います」と明かしたが、そこまでしても強くなりたかった。人間は極限状態に追い込むと体も慣れるというが「今は体調が一番いいです」と笑うのだから、実際にそうなのだろう。
睡眠時間を削ってでも研究を重ねていることについては、本人と仲間の言葉で分かる。まずは永瀬王座。「寝ようと思えば寝られます。ただ物理的に(研究の)時間が減るので、それを睡眠に回すという発想があまりなかったです」。明らかに研究>睡眠、という思考である。次にVS(1対1の練習将棋)もする間柄の戸辺誠七段(34)によるコメントはこうだ。「これだけ過密なら自分だけで集中するとか、家で休息して次の対策を立てるとかするじゃないですか。でも対局の合間に研究会とか朝練とか入れてくる。将棋を指していると落ち着くというか、パワーになるんでしょうね」。驚きだ。
戸辺七段は実際に朝練に招かれた。「朝の8時ぐらいですかね。永瀬さんにしては、気を遣った時間なんでしょう。本当は6時ぐらいからやりたいんでしょうけど。その日は午後に予定があったようで、お昼まででしたね」と、4時間ほどは指したようだ。改めて永瀬王座の直近6局を振り返ると、早指しは1局のみで、あとは持ち時間4~6時間。対局時間にして10~12時間といったようなものばかりだ。少しでも体を休めたいだろうと思うところを、自ら進んで朝練を組む。本人が「休みたいとかはないんです。勉強法が間違っていなかったというのが、結果としてある程度出たと思うので、続けたいと思います」というのだから、この生活も続けるのだろう。
報道陣から、この過酷な日々について「将棋が嫌いになったりしませんか」という質問が飛んだ。確かに疲労とプレッシャー、さらには前局の第4局では痛い敗戦を喫した悪いイメージにも包まれた。それでも「将棋は嫌いになることはなかったです」と、あっさり答えた。逆転負けのことを考えると「頭がおかしくなりそうだったので。切り替える時間がなかったので、忘れました」と笑うが、じっとしているよりも将棋を指している方が、精神と肉体のバランスが取れていたのかもしれない。
計10局に及んだ叡王戦七番勝負、そして最終局までもつれ込んだ王座戦五番勝負。計15局の激闘を戦い抜いた永瀬王座は、実戦と研究でとにかく鍛えられ、磨かれた。「谷川浩司先生(九段)が、『防衛するだけでは大変だ』ということを本で述べられていたんですが、気持ちが分かりました。何か(のタイトル)に挑戦して、いい形にしたいなと思いました。渡辺明先生(名人)のように、防衛戦でもかなり高い勝率の方もいらっしゃるので、見習いたいと思います」。当の本人は、さらに鍛えて磨くつもりでいる。
タイトルホルダーは渡辺明名人(棋王、王将、36)、豊島将之竜王(叡王、30)、藤井聡太二冠(王位、棋聖、18)、そして永瀬王座の4人。「4強」とも呼ばれ始めた中、永瀬王座が次なる大舞台に登場した時、その刃の切れ味は確実に増している。
(ABEMA/将棋チャンネルより)