この記事の写真をみる(2枚)
(エンディングは選手全員、マイクなしで「ありがとうございました!」。思いのこもった声が大会場に響く)

 試合を終えた選手の多くが、入場ステージに上がった瞬間の喜びを口にしていた。

 11月7日、東京女子プロレスが旗揚げ7年で最大のビッグマッチ、TDCホール大会を開催した。キャパシティは後楽園ホールの倍ほどにもなる。コロナ対策で1席おきの集客となるが、それでもかなりの冒険だった。

 2013年、この団体はライブハウスにマットを敷いての試合からスタートしている。最初はリングもなかったのだ。新人しかいない団体で、みんな右も左も分からない。そういうところから少しずつ力をつけ、DDT系列らしいバラエティ感と独創的なファイトで人気を高めてきた。そして到達したのが、TDCホール大会だ。

 ついにここまできた。しかしトップ選手たちは、やるだけではなく埋めなくてはと考えていた。「これから東京女子プロレスがどう進んでいくかは、TDCホールしだい」と語ったのは団体一期生で初代シングル王者の山下実優だ。

 現シングル王者の坂崎ユカも旗揚げメンバー。TDCホール大会に向けた前哨戦をすべて終えると「重圧感と責任感」があると語った。「絶対に成功させて、もっと発展していくための起爆剤にしないと」。

 団体史上最大のビッグマッチ。しかもコロナ禍で集客しにくい時期。そういう大会で、チャンピオンとして成否の責任を負う。そのプレッシャーは相当なものだったはずだ。普段は明るいキャラクター。とにかく楽しそうにやっているところが魅力の坂崎だが、チャンピオンとしての責任感は強く持っていた。いや坂崎に限らず、だ。楽しそうにプロレスをやっている東京女子の選手たちは、楽しいだけでは済まない場面に直面したところでさらに魅力を増す。

 たとえばこの日の第1試合、鈴芽&汐セナvs宮本もか&駿河メイ。新鋭同士のタッグマッチ、注目は我闘雲舞から初参戦のメイだ。しかしSNSでメイ参戦が話題になればなるほど、鈴芽と汐凛の反骨心が強まった。「見返してやろうって思ってました」と鈴芽。普段の東京女子では出てこない言葉だ。

拡大する
(瑞希の回転ボディアタック「渦飴」をはじめ坂崎vs瑞希ならではの攻防に)

 実際、2人はこれまでで最高レベルの動きを見せたと言っていい。大会前、「ヘタすると駿河メイに全部持ってかれるぞ」という予想もしていたが、そうはならなかった。意地を見せたわけだ。他団体から魅力ある選手が来たことで、ポテンシャルが引き出されたとも言える。逆に言えば、東京女子の若手選手のポテンシャルは他団体に負けていないということだ。エース・山下は、WWEと契約しアメリカ行きが決まっているSareeeと互角以上の攻防を展開した。さすが山下、と誰もが思ったはずだ。

 東京女子は基本的に“鎖国”路線。他団体との交流戦、対抗戦は行なわず、そのことで独自の空間を築いてきた。ただビッグマッチには外からのゲスト参戦がある。どうしても比べられる。まして今年は何人もの選手が契約満了とともに東京女子を離れ、主戦場を他団体に移した。実力でも団体としての魅力の部分でも“外”とどう向き合うかが問われる。「比べるものではない」にしろ「どこにも負けてない」にしろ、そのことをリングでしっかり示さなくてはいけない。

 そういう時に大舞台のメインに立ったのが坂崎だ。入場して見えたのは、最上階までほぼ満員となった客席だった。それがどれだけ力になったか。今までで一番大きな会場、でも客席を見ると知っている顔(常連ファン)が見えた。それでまた安心できた。

 挑戦者の瑞希は、坂崎のタッグパートナーでもある。トーナメントを2連覇して挑戦権を得た最強のチャレンジャー。ビッグマッチの相手にふさわしいが、いつも組んでいる相手を殴ったり蹴ったり投げたりするのは正直、やりにくい。2人は対戦が決まってからもタッグを組み続けたが、タイトル戦に向けた焦りとプレッシャーからか、瑞希が泣き出す場面もあった。

 だがリングに上がり、たくさんのファンの視線に包まれた時に腹を括ることができたのだろう。両者はキャリアの中でもベストと言えるパフォーマンスを見せた。瑞希は場外の坂崎にコーナー最上段からダイビング・フットスタンプ。SNSで動画がバズった新技「渦飴」も完璧に決まった。声を出しての声援はNG。しかし自然に「うおっ!」という声が漏れる。

 瑞希の渾身の技を受け切って、その上で坂崎は勝った。挑戦者と同じく持ち味は飛び技。ただ総合格闘技のスタイルを取り入れたグラウンドのテクニックも武器の一つだ。打撃の強さは、その背筋から推し量ることができる。フィニッシュの魔法少女にわとり野郎(トップロープに乗って反動をつけてのファイアーバード・スプラッシュ)は、オールラウンダーとしての総仕上げでもあった。

 決着がつくと、どちらも自然に涙が出た。坂崎が感じたのは勝った嬉しさだけではなかったはずだ。瑞希と最高の場所で最高の試合ができたこと。興行そのものを成功させ、団体の力を示せたこと。すべてにおいての“勝利”だった。

 闘いを終えて、また2人はタッグに戻る。「一度も解散した覚えはないので」と坂崎。瑞希は坂崎からベルトを獲りたいから「一番近くにいて弱点をいっぱい見つける」と言う。

 瑞希と一緒にコメントを出しながら、坂崎はこんな言葉も。

「みなさんが駆けつけてくれたおかげで、私たちはキラキラすることができました」

 瑞希にはこう言った。

「私たち、今を生きたね」

 それは東京女子プロレスにしかない、選手たちが自力で掴んだ“今”だった。

文/橋本宗洋

写真/東京女子プロレス

この記事の画像一覧
この記事の写真をみる(2枚)