東京女子プロレス恒例のビッグマッチ、1.4後楽園ホール大会の注目カードの一つが、山下実優vs伊藤麻希だった。
かつてこの“イッテンヨン後楽園”のメインでタイトルを争ったこともある2人。団体1期生にして初代シングル王者でもある山下は、アイドルの世界からプロレスに挑戦してきた伊藤のデビュー戦の相手を務めてもいる。
デビュー当時はしばらく勝ち星がなく、試合内容よりもマイクアピールのほうが目立っていた伊藤。先輩レスラーだろうがメジャーアイドルだろうが見境なく噛みつく、その無鉄砲ぶりが魅力でもあった。
しかしプロレスは存在感だけで生き残っていける世界ではない。いつしか伊藤は芸能活動よりもプロレスに集中、練習の成果がはっきりとリングにも表れるようになった。
よりプロレスにのめり込むきっかけになったのが、2019年1月4日の山下とのタイトルマッチ。ここで伊藤は完敗を喫し、観客からの反応も思ったようには得られなかった。その悔しさが伊藤をさらに強くしたのだ。
節目節目で闘い、自分に勝つ山下へのリベンジは成長の証でもある。伊藤は自らアピールして今回のシングルマッチを決めた。前哨戦では虚を突いた丸め込みで3カウントを奪取。今度こそ、という機運は高まっていた。
試合前、握手を求める山下に伊藤が張り手。気合い充分の伊藤は山下の蹴りに耐えながら逆エビ固めをはじめとした技で山下の腰にダメージを与えていく。
しかし必殺技・伊藤スペシャルを狙ったところで山下が下から頭突き。「アイドル界一顔がデカい」と言われた伊藤は頭突きを得意にしてきたが、山下はなりふり構わぬ反撃を見せた。それだけ追い込まれていたということでもあるのだが、そこからが東京女子の“強さの象徴”山下の底力だ。
空手仕込みのヒザを側頭部に突き上げ、三角飛びからのジャンピング・ハイキックもクリーンヒット。さらにトドメとしてバックスピンキックを頭部に直撃。山下のバックスピンキックは、相手の頭蓋骨を割るような強烈さから「スカルキック」と呼ばれる。伊藤に決めた一発は、これまでに出したスカルキックの中でも群を抜いた精度と迫力だった。
なんとか立ち上がろうとする伊藤だったが体が動かず、テンカウント。KOで山下の勝利になった。山下曰く「気持ちは折れてないけど体が動かない。私も経験ありますけど悔しい負け方だと思います」。
敗れた伊藤は「もうダメだ。無理。プロレスやめるしかないかもしれない……」と涙を流す。それだけかけているものが大きい試合だったのだ。それでも「悔しいってことはまだ(プロレスに)しがみつきたいってことだと思う。もっと強くなってまたやるしかない」。山下に対しては「運命変えられたというか、実は感謝してる。山下がいなかったら強くなれなかった」と本音を漏らした。
一方、山下は「やっぱり伊藤と闘うのが一番楽しい。組むのも楽しいし一緒にリングに上がっている時間が一番楽しく感じる」とコメント。今回の対戦については「私、この人を倒せるのかなっていう恐怖を初めて感じました」と言う。伊藤の気持ちは分かっているだけに「私もいつまでも伊藤が噛みつきたくなる存在でいたい」という言葉もあった。
山下はその言葉通りの選手だと言っていい。しばらくタイトル戦線からは離れているが、その間も蹴りのバリエーションは増え、エースとしての実力を示し続けている。今の伊藤でもまだ勝てないほど強大な存在で、だからこそ伊藤も追いかけがいがあるのだ。
文/橋本宗洋
写真/東京女子プロレス