“現役自衛官に私的訓練” 指導にあたった荒谷卓氏が共同通信の報道に生反論…50年前の三島由紀夫の問題意識が表面化?
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 共同通信が23日、「陸上自衛隊特殊部隊のトップだったOBが毎年、現役自衛官、予備自衛官を募り、三重県で私的に戦闘訓練を指導していた」と報じ波紋を広げている問題。26日の『ABEMA Prime』では、その指導を行った陸自「特殊作戦群」初代群長、荒谷卓氏を直撃した。

・【映像】元特殊部隊トップを直撃! “私的訓練”の狙いとは?

■「グローバリゼーションのような流れに疑問」自衛隊を退官した理由

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 荒谷氏は東京理科大学を卒業した1982年に陸上自衛隊に入隊。第一空挺団などの精鋭部隊に所属、アメリカ陸軍特殊部隊群(グリーンベレー)への留学も経験している。そして2004年、新設された「特殊作戦群」の初代指揮官に抜擢された。

 特殊作戦群の設立について荒谷氏は「ご承知のように、冷戦が終わって大規模な戦争が起きるよう世界情勢ではなくなった。しかし、その代わりに世界秩序を構築する中での潮流としてテロや小規模な紛争が出てきた。そういう気運に対応できる専門的な部隊の必要性が出てきたということだ」と説明する。

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 ところが荒谷氏はそれから4年後の2008年に退官している。「僭越な話だが、僕はどちらかといえば世界の人々がそれぞれの国や地域の価値観の中で生きていく方がすばらしいと思っていた。だから自衛隊、あるいは日本も含めた世界でグローバリゼーションのような流れが加速していくことへの疑問が湧いてきたし、一つの価値観で世界を覆うようなことに対しては賛同できなかった。そういう中で、これ以上、自衛隊は務まらないかな、自分なりの考えでできる活動がしたいと思って辞めた」。

 そして2018年に「国際共生創成協会 熊野飛鳥むすびの里」を設立した。「世界の人たちが家族のように暮らせる社会を作りたい、という思いがあった。それはそれぞれの地域の人たちが自立した生活を送れる社会を作りたいということだ。それを自分自身も実践したいと思い、熊野の地で“百姓”をやっているということだ」。

■「少しでもサポートしようというのが目的。義勇兵なんて考えていない(笑)」

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 一方、同所では日本の伝統や武士道を伝える活動も行っており、その中の一つが、今回報じられた現役・予備役の自衛官に対する“訓練合宿”だ。先月26日から4泊5日で行われた合宿の募集要項には、「真に国を愛する自衛官が、自衛隊ではできない実践的訓練をする場」と記載されている。森の中での素手による格闘術や集団での戦術行動などの指導が行われ、参加費はひとり3万5千円。10人以上の自衛官が参加したという。

 「僕は熊野に来る前は東京で武道場の館長として自衛官の指導をしていたが、さらに実際の任務遂行において役立つような機会が欲しいということだったので、武道の指導の延長として、山中や真夜中での素手での格闘術の向上を図ろうとした。それが始まりだ。自衛隊には政治状況や政治的な枠組みとは関係なく、純粋に国のために何かしたいという立派な自衛官が多数いる。僕も自衛隊に30年ぐらいお世話になったし、国のために頑張ろうと思っている後輩の諸官に、少しでも僕の知り得るノウハウなどを伝えられたらという思いだけだ。

 ご承知の通り、今の自衛隊は災害派遣やコロナ、鳥インフルエンザの殺処分など色んなものに駆り出されていて、自分たちが一体何に向かっているのかがわかりにくくなっている面がある。また、万が一そういう事態になった時には自衛隊しか対処する能力はないわけで、国民はそこにも期待していると思う。その意味でも、自衛官は自分たちの能力を確保することに責任を持たなければならないが、今はその訓練時間さえ取るのが大変なくらい忙しい。彼らなりに訓練でできなかったと分析したことに対して、少しでもサポートしようというのが目的であって、民兵組織、義勇兵を作ろうなんて考えていない(笑)」。

■岸防衛相は否定も、外部での教育訓練は自衛隊法に抵触?

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 また、共同通信は「防衛省内には自衛隊法に触れるとの指摘がある」とも報じているが、岸信夫防衛大臣は25日の会見で「勤務外における私的な行動で防衛省としてのコメントは差し控えさせて頂きたいと思う。法的な意味で問題があるような行動をしているとは考えていない」とコメントしている。

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 一方、高千穂大学の五野井郁夫教授(政治学)は「戦闘訓練はできないが、私も政府の仕事の一つとして幹部自衛官の皆さんに国際政治を教えるなど、いわば思想的な訓練をさせてもらっている。確かに海上自衛隊の幹部の方から、横須賀の港で米軍に対して肩身が狭い思いをしているという話も聞いたし、荒谷さんがおっしゃったようなグローバル化の問題、さらには対米追従、日米地位協定の問題は、我々日本人が持たなくてはいけない疑問、発想だと思う」とした上で、次のような法的な問題も指摘した。

 「岸大臣がプライベートにやる分にはいいんだというような発言をしていたが、自衛隊で学ばれたことを一般の人に開示することは、自衛隊法56条や59条が禁じる秘密の伝播に当たる可能性がある。これは自衛隊員の身分ではなくなった後も縛られるものだし、現役の自衛官に対して教えるのも禁じられているはずだ」。

■三島事件や二・二六事件のような方向に行く可能性も?

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 加えて物議を醸しているのが、共同通信の「OBは作家の故三島由紀夫の考え方に同調するなど保守的主張を繰り返している」との指摘だ。

 70年代に森田必勝ら学生らと共に民間防衛組織「楯の会」を結成、憲法改正を訴え自衛隊に決起を呼びかけた三島。「むすびの里」の公式サイトに掲載された講演録の中で荒谷氏は「果たして現代の日本人に三島、森田両烈士と同じ事をし得る者が出て来るでしょうか?本当の日本文化を自らの内に育まない限り、その力は出てこないのです」と発言しているほか、2013年に行われた雑誌のインタビューでは「自衛隊の性質を日米同盟のためのものとするならば、やはり皇軍的な性質の軍隊がいないとバランスが悪い。それを国家が作らないなら、国民の側からそうした性質の義勇軍を作ればいいのではないか。国家緊急時のための非武装の義勇軍は法的には問題ないでしょ」とも答えている。

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 五野井氏は「荒谷さんのFacebookを拝見していると、三島思想への相当な傾倒があると思う。“国が機能しない時に立ち上がれる者たちが日本全土にいると頼もしい”といった文章も書いている。それはそれで大事なことだし、思想としてはお持ちになっていてもいいが、自衛隊の活動と関連してくるとなれば問題だ」と指摘する。

 「我が国は民主主義の国で、シビリアンコントロールがある。だから自衛隊法61条によって投票以外の政治的な活動は禁じられている。ここも、岸大臣の認識には若干の間違いがあると思う。もし天皇と自衛隊、もしくは天皇と荒谷さんが作られているような義勇軍的なものが直列でつながってしまえば、民主主義の根幹を揺るがしかねないことになる。幹部自衛官の中には荒谷さんのファンも多数いらっしゃるし、カリスマ化しつつあるのも事実だ。これから先、下手をすると三島事件や二・二六事件のような方向に行きかねないのではないかと考える方もいらっしゃると思う」。

■「公的な立場と思想信条はちゃんと切り分けてきた」

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 こうした指摘に対し荒谷氏は「自衛隊に入る前、戦後の社会や日本文化に対する三島の認識に非常に啓発されたことは事実だし、現代社会に対する憂国の念もある。しかし僕は三島以外にも色々な方を尊敬しているし、最近の強い関心は、グローバリゼーションとそれ以外の考え方をどう整理していくか、というところにあって、記事がセンセーショナルに取り上げたような三島思想の信奉者というわけではない」と説明する。

 「そもそも自衛隊にいた30年間、公的な立場と思想信条はちゃんと切り分けてきたつもりだし、三島の考えを吹聴した事実はない。自衛隊を辞めてからも、後輩に三島思想を植えつけようと考えたことはないし、合宿の時にもそういう話はしていない。東日本震災の時、多くの被災者が食料を分かち合ったり、全国からボランティアが集まってきたりという、その主体性こそが民主主義の本来の有り様だと思っているし、そういう社会を尊重すべきだと考えている。むしろ昨今のコロナ対策については、ちょっと統制しすぎで、国民ひとりひとりの良識、見識というものをもう少し信頼した方がいいと思っているくらいだ。他方、僕が住む熊野のように、地域によっては人々が作り上げてきた農林水産業が国によって解体されつつある。それが民主主義的な解決策なのかは非常に疑問を持っているし、講演でも声を上げている。ただ、それと自衛官の合宿とは切り分けているので、そこだけは勘違いしないでほしい」。

■「三島由紀夫=危険というのはあまりに短絡的」

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 両氏の議論を受け、ジャーナリストの佐々木俊尚氏は「もともと自衛隊には特殊部隊のノウハウが無かった。そういう状況の下、荒谷さんたちがこの十数年、自衛隊のための戦い方をゼロから構築してきた。これを現役自衛官が外部で学べるのは素晴らしいことだと思う」とコメント。

 その上で、三島思想について三島由紀夫=極右、戦前的な価値観だと即断するのは間違いだと思う」として、次のように訴える。

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 「昨年公開された映画『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』では、いわゆる新左翼の学生と三島が、最後にはある意味で“合意”に達する場面が出てくる。左から見れば単なる親米、アメリカ言いなりのどうしようもない国で、右から見ると戦前的な天皇制がなくなった国だと言う。つまり理念がないまま国家が出来上がってしまった戦後の日本に対する、もやもやとした愛国心に名前がつけられないという問題だ。いずれも核になるものの不在が背景にあるが、そこで三島は“諸君が一言、天皇と言ってくれれば、俺は喜んで諸君と手をつなぐのに”と言った。まさに荒谷さんがおっしゃっているのも、その核の不在だと思う。その点は左の人だって合意しているはずだし、グローバリゼーションの中、自衛官がテロリストや中国などに立ち向かう状況の今、半世紀前の三島の問題意識は正鵠を射ていると思う。

 確かに自衛隊法ではそう定められているし、自衛隊員が政治思想を持つべきではないというのも分かる。しかし戦後一貫して死ぬ心配のなかった自衛官が、90年代以降は死ぬ可能性が出てきている。もちろん昔みたいに天皇陛下のために死ぬという時代じゃないが、“なんで我々は死ななきゃいけないのか““それでも俺たちは死ににいくんだ”ということが突きつけられてくる時代だ。そのための理念を国が言えないから、ある種の矛盾が生じてきている。その理念があれば、変に保守思想に還る必要もなく訓練ができるはずだ」。

■「思想的なバックボーンが確立されているとは思わない」

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 こうした疑問に対し、五野井氏は「実は、その“不在”自体が無くなってきている。東日本大震災後の復興構想会議の関連で、当時は防衛大学校長だった五百旗頭真先生と仕事をしたことがある。五百旗先生が心を砕いておられたのは、その不在を埋める形で保守思想に行かないようにしながら、いかに日本を守っていくかだった。それまで災害派遣は自衛隊の“従たる任務”だったが、震災後は“主たる任務”“従たる任務”という区分けをやめようとおっしゃった。そうしたこともあり、今は思想的なバックグラウンドも教えられるようになっている」と反論。

 ただ荒谷氏は「残念ながら自衛隊員たちに思想的なバックボーンが確立されているとは思わない。それは今でも一人一人の悩みだと思うし、それぞれが一生懸命解決しようと努力している。表には出てこない、潜在している問題だと思う」と話していた。(ABEMA/『ABEMA Prime』より)

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