異常事態、あるいは緊急事態か。しかしまぎれもない現実だ。プロレスリング・ノアのタイトル戦線が、かつてない状況になっている。
2月12日、ノアは11年ぶりの日本武道館大会を開催。メインイベントで潮崎豪のGHCヘビー級王座に武藤敬司が挑戦する。セミファイナルでは拳王のGHCナショナル王座に船木誠勝が挑戦。この大会ではタイトルマッチがないが、タッグ王座は杉浦貴&桜庭和志が保持している。
武藤は58歳、船木、桜庭は51歳、杉浦が50歳。武道館大会の結果しだいで、ノアのヘビー級絡みのチャンピオンが全員50代になる可能性がある。
そこに危機感を覚えるファンもいるはず。副社長を務める丸藤正道にも危機感はあるという。ただそれは、他の選手の奮起につながるという意味も含めた前向きな危機感だ。また丸藤は「50代がこれだけ頑張ってるんだという世間へのアピールにもなる。ポジティブに捉えたい」、「ノアはいい意味でベテランをベテラン扱いしないんで」とも語っている。
実際、武藤たちベテランのノアでの試合を見ていると、キャリアと知名度に胡座をかいていないことが分かる。タイトルに挑む(戴冠する)のは最前線で闘っているからこそ。1.4後楽園大会では、武藤が潮崎にムーンサルトプレスで敗れるという屈辱を味わった。“勝ち負け”の厳しさに身を置くことでベテランたちも輝く。
1月31日の後楽園ホール大会では、武道館大会に向けての最後の前哨戦が行われた。メインイベントは潮崎豪&清宮海斗&原田大輔vs武藤敬司&丸藤正道&吉岡世起。丸藤と清宮は武道館のスペシャルタッグマッチで対戦(丸藤&秋山準vs清宮&稲村愛輝)。原田と吉岡はジュニアヘビー級タイトルを争う。つまり3試合分の前哨戦だ。
闘いの様相もそれぞれ。吉岡はスピードを活かした攻撃で原田と張り合い、王座獲得への期待感を高めた。元WRESTLE-1の吉岡は、武藤とはいわば“師弟チーム”。ノアでの再会に、武藤から「陰ながら応援してんだよ」という言葉をかけられていた。
丸藤は若い清宮を翻弄するかのような腕攻めで攻防を支配してみせた。試合後は「心配でしょうがない。あんなんじゃ秋山準を楽しませることもできないですよ」と言葉でも挑発を重ねた。
そして武藤は王者・潮崎と真っ向勝負だ。ヒザには人工関節が入っており、若い頃と同じコンディションとは言えない。しかし手術前に比べると練習もできており、調子を上げているのが分かった。マシンガンチョップ、フィッシャーマンバスターでダメージを負ったが、それはレスラーとしての“受ける力”の証明でもあるだろう。
ドラゴンスクリュー、足4の字固めで勝負をかける武藤を、丸藤と吉岡も好アシスト。潮崎の足を狙った蹴りを連続で決め、最後は武藤がシャイニングウィザードから再度の4の字でチャンピオンを仕留めた。会心の勝利にも、挑戦者は冷静だった。
「潮崎へのリベンジみたいに見えて、これはチームの勝利。最後は2人が譲ってくれた。あとは心の動揺に期待しますよ」
一方、潮崎は「術中にはまってしまった。俺のミス」と唇を噛んだ。
「負けは負け。この続きは武道館で見せつけてやる」
負けた悔しさはあるものの、武藤の実力は「想定内」だと語った潮崎。インタビュースペースでは、いつものように立って取材陣の質問に答えた。
3人がかりで足を攻められ、4の字固めを長時間くらい続けた。それでも試合後は立ってコメントするのが潮崎の流儀だ。そこにGHCヘビー級チャンピオンとしてのプライドがある。取材陣が伝える先にはファンがいる。そう思うから倒れたり座り込んではいられないのだ。
前哨戦は1勝1敗。武藤が意地を見せ、潮崎は誇りを示した。2.12武道館で両者が見せるものは何か。それが勝負のポイントになる。
文/橋本宗洋