2021年の格闘技界で、まずファンに特大のインパクトを残したのが青木真也だった。1月22日、シンガポールで開催されたONE Championship。久々のONE本戦出場となった青木はジェームズ・ナカシマと対戦し、1ラウンド2分42秒、バックからのネッククランクで一本勝ちを収めている。
試合前、青木は「窓際」、「肩叩き」という言葉を使っている。対戦したナカシマはLFAで1階級上のウェルター級王座を獲得。ONEでもベルトに挑戦している。岡見勇信に勝った選手であり、判定で着実に勝ち星を重ねた“地味強”“難攻不落”タイプと言っていい。
階級を落としてきたことも含め、青木にとっては厄介きわまりない敵。青木はこの試合を「主催者から見て状況を動かしたい試合」だと語ってもいる。よく言えばライト級活性化。一方で長くライト級トップ戦線で活躍してきた青木が“傍流”に追いやられる、その始まりになるかもしれないマッチメイクだった。
そういう試合で勝った意味は大きい。青木曰く「勝ったということであり、生き延びたという見立てもできますよね」。プロの競技者としてあり続けるためには、結果を残さなくてはいけない。
「そりゃどこでもいいっていうんなら試合は組まれるでしょうけど、そうではなくて。ある程度のクオリティをもって、僕が考えるプロ格闘技のトップ戦線でできるかどうか」
勝った青木はケージの中で涙を見せ、「今が一番応援されている」と勝利者インタビューに答えた。
今の青木を応援する人々の中には、青木のもう一つの主戦場、DDTプロレスリングの選手たちもいる。ナカシマ戦を前に、スーパー・ササダンゴ・マシンは青木真也の魅力をプレゼンする「煽りパワポ」動画を公開。そこに合わせる形で他の選手たちもSNSに応援コメントを書き込んだ。“DDTの選手たちに応援されて海外でMMAを闘う青木真也”は新鮮だった。
「行ったり来たりの繰り返しをしてきて、その作業がそこにつながったんだなって。DDTとはいい関係性ができてると思います」
試合を終え、あらためて青木はそう語った。2月14日のDDTカルッツかわさき大会に向けて、UNIVERSAL王者・上野勇希の公開練習に招かれ、寝技の指導も行なっている。一方でDDTから得るものも大きいと青木。
「秋山(準)vs竹下(幸之介)、あれはやられたと思いましたね。2020年12月(27日)、年末の後楽園ホール大会であれをやるかと。だって前半戦はエルボーと腕攻めくらいしかやってないでしょ、あの試合。それでフィニッシュがアームロック。
今はマット界も大量生産大量消費じゃないですか。YouTubeもそうだけど、どうしても目先の数字に向かってる。その中で秋山vs竹下っていうのは武骨な、消費されない試合をしたんですよ。一つ一つの物語とか文脈を読む試合っていうかな。大量生産大量消費にみんなが疲れてる中で、シンプルで品質がいいものをしっかり見せる。簡単には消費されない試合ですよ。さすがだと思ったし、1月の(ONE)の試合を作る上でも凄く影響されました。ONEでの試合は2020年の答え合わせだったなって。
僕がやりたいのは、自分がいいと思うものを深く刺しにいくような試合。“どうだ!”っていう感じでね。今さら僕の存在を広めようとか、自分を知らない人にも知ってほしいとかじゃなくて。でもこれが伝わる人はいるんだと思って刺しにいく。それが今の時代の中では一種のアンチテーゼになるのかもしれない」
秋山に敗れはしたものの、青木は「あれは竹下の試合だった」と見ている。
「僕の中で竹下の存在は凄く大きいですね。次元が違う人ですよ。プロレスで分からないことがあったら竹下に聞きます。彼か鈴木秀樹ですね。この2人には影響受けてるし、凄く勉強になる」
筆者はこの秋山vs竹下戦をバルコニーの記者席から見ていた。その横には青木もいた。青木は試合を見ながら「竹下はキムラ(アームロック)をフィニッシュに使うといいんじゃないかなぁ」とつぶやいた。そのアームロックを秋山が使って勝利したのには驚かされた。青木は言う。
「竹下はシンプルな技が似合うと思うんですよ。逆エビ、アームロック、チョーク。それを出すだけでもの凄い説得力がある。僕らは小さいから飛んだり回ったり小細工が必要なんですけどね。体の大きい選手にはそれがいらない。去年、鈴木秀樹とジェイク・リーのエルボーの打ち合い見て“これは軽量級は太刀打ちできない、失礼しました”って思いましたから(笑)。デカいは凄い。これはプロとして、見世物としての理屈に合ってるなと」
青木はプロレスを「すべてが理屈、ロジックの世界」だという。自分の性格がプロレスに合っているとも。プロレスにはストーリーがありテーマがあり、技の選択一つ一つにも意味がある。一点集中攻撃かインサイドワークか丸め込み多用かパワーでねじ伏せるか。プロレスとは観客に“伝える”スポーツエンターテインメントで、伝えるためには説得力が必要で、説得力を支えるものの一つが“理屈”なのである。だから優れたレスラーの多くは“言葉”も巧みに操る。
「フィニッシュで何の技を使うかというのもあるし、そこにいくためにどういう展開が必要かというのも理屈。プロレスで理屈を徹底的に考えたのは格闘技にも活きてるし指導、しゃべることにも活きてますね。今まで以上に順序だてて考えるようになった。僕はよく“それは理屈に合わない”って言うんですけど、理屈に合わないことはやらないのがプロレスの試合で。格闘技でも理屈に合うことがよりできるようになったかなって」
だから素直に、格闘技もプロレスも「どっちも面白いっすよね、これは本気で。プロレスは腰かけと思われがちだけど、どっちも面白い。どれも楽しんでやってる仕事だし、差異はないです」と言える。DDTに参戦し始めた頃は「自分は異物。なじむつもりはないしできるだけ控室にもいないようにしてます」と言っていたが、今では一緒に公開練習をするようにもなった。
「だからなじんでなくはないですよね。こないだ勝俣(瞬馬)さんがEXTREME級のベルト獲った時も“よかったなぁ”って思ったり。いま勝俣、上野がいいですよねDDTでは」
ただ完全にDDTのレスラーになったのかと言われればそうではなく、青木真也は青木真也としてリングに上がっている。
「いいものを提供して、こっちも得るものがあって。でも譲らない部分もあり。DDTのことが凄く好きだし、やってて楽しいし、でも依存はしてない。DDTがなくても青木真也が成り立ちはするんですよ。いい距離感だと思いますね、DDTとは」
過去の青木は「〇〇のため」とのめり込むようなところがあった。プロとして稼げるようにしてくれたPRIDEのため。自分たちが主役のDREAMをなくさないため。ONEをもっと大きくするため。「報いるという感覚が強かった」と青木。だが今は「いろいろ学んで自立した」と言う。
「DDTでの僕は身内じゃないけど単なるゲストじゃない。外敵でもない。何かあったら協力もできる。今までプロレス・格闘技でこんな関係性はなかったですね。自分がこういうふうになるとは思わなかった。文化祭みたいな感じもあるし、でもプロとしての信頼関係でやってるし。そこは大人なんですよね。DDTというかプロレスが大人の世界なんでしょう」
2月14日のDDTかわさき大会、青木真也はKO-D8人タッグ選手権に出場する。対戦カードは「高木三四郎&男色ディーノ&大鷲透&大石真翔vs青木真也&スーパー・ササダンゴ・マシン&アントーニオ本多&平田一喜」。ONEでの激勝の“次”がこれである。
「この振り幅、落差が好きだし大事にしてるんですよ。ONEが終わって“次の試合は”って聞かれた時に“DDTで8人タッグのタイトルマッチですね”って答えるのが(笑)」
そんな試合に向けて、あえて意気込みを聞いてみた。
「どっちが勝っても想像つかないでしょ、ベルト姿。でも僕がいても違和感がない気もするし。まあこの試合で勝とうが負けようが、世界は何も変わらないですね(笑)。だけどその場所、その空間は何かいい雰囲気になると思います」
勝てば、青木は初めてシングル以外のチャンピオンになる。DDTで“チーム”としてベルトを巻くのだ。そのパートナーがササダンゴとアントンと平田。本当に、誰も想像していなかったことだ。間違いなく、青木真也にしか作れないキャリアである。
文/橋本宗洋
キャプション
公開練習で上野とのスパーリングも披露した青木