先週、米ミシシッピ州の上院議会で、男性から女性へ性別を変えたトランスジェンダーの選手は他の女性選手に比べ身体的に有利だとして、高校・大学の女子競技への出場を禁ずる法律が可決した。同様の動きはモンタナ州やノースダコタ州でも起きており、スポーツの世界が公平性、多様性の問題に直面している。
【映像】競技に男女区別は必要?「現在の基準は“ホルモン値”」
スポーツと性的マイノリティの問題に詳しい清和大学の松宮智生准教授は「高いレベルの女子スポーツで、公平性に対する要求が強まってきている」と話す。
「米コネチカット州では昨年2月、高校生の女性アスリートが“自分が出ている種目にトランスジェンダーの女性が出場、上位を占めてしまったがために、自分たちは奨学金を得る資格を失った。これは教育の機会均等を定めた連邦法に違反している”という裁判を起こした。訴えられた側の州の学校協会は“全ての生徒が本人の認識する性別で扱われるべきだという州法に則った競技運営だ”と抗弁しており、法律問題になっている」と説明する。
大会組織委会長の後任人事問題に揺れる東京オリンピック・パラリンピックではトランスジェンダーの選手の出場が認められているが、国際オリンピック委員会(IOC)のガイドラインでは、トランスジェンダーの女性選手の場合、筋肉量に影響を及ぼす男性ホルモン「テストステロン」の値を薬によって事前に抑制することなどが定められている。
松宮准教授は「男子と女子を比べれば体格に差があることは明らかだが、今のところ国際大会ではテストステロンが男女を分ける一つの大きな指標になっているという現実がある。それでも元々あったアドバンテージが解消できないのではないかという意見がある」と話す。
「例えば元ハンドボールの男子オーストリア代表、ハンナ・マウンシー選手は身長190cm、体重100kgということで、最終的には世界選手権には出場できなかったが、仮に190cm・100kgのトランスジェンダーではない女子選手であれば問題になるのかどうか。あるいは重量挙げのニュージランド代表、ローレル・ハバード選手の場合、出場して結果を残したが、社会的な批判や誹謗中傷を受ける可能性もある。とりわけ接触プレーがある競技の場合、ルール上は基準をクリアしていたとしても、そのような問題が出てくるだろう。
また、オリンピック女子800mの金メダリスト、キャスター・セメンヤ選手の場合、もともとテストステロンが多いため、彼女の国際大会出場を制限するルールができてしまった。セメンヤ選手はスポーツ仲裁裁判所にこうしたルールは不当だと訴えたが認められなかったので、今度は欧州人権裁判所に訴える準備をしている。これも法律問題になってきているが、健康な女性である選手に薬を投与しテストステロンの数値を下げさせるというのは、いわば患者に変えようとしているとも言えるし、道徳的に許されるべきことではないという考え方もある」。
こうした議論を踏まえ、松宮准教授は「例えば乗馬の場合、男女で種目分けをしていない。つまり、体力差があまり影響しない競技や表現を見せる競技であれば、男女が一緒にやるという試みもあっていいのではないか。これまでもテニスやゴルフなど、ノンコンタクトの競技から門戸が開かれてきたという歴史がある」と話した。
■元女子ボクシング世界チャンピオンの男性「悩みながらの競技生活だった」
■元女子ボクシング世界チャンピオンの男性「悩みながらの競技生活だった」
プロボクサーとしてWBC女子世界フライ級チャンピオンに輝いた経験を持つ真道ゴー氏は、引退後の今、トランスジェンダー男性として生活している。
「何か目標を持とうと考えていたときにボクシングと出会い、女性選手としてやってきた。しかし、心では“自分は男性だ”と思っているのに、女性のリングに上がっていいのか、その違和感がずっとあった。割り切ろうと必死に考えたが、このまま世界チャンピオンになることに意味があるのかと自問自答もした。しかし引退し、戸籍を変えて生きていこうかと悩んでいた時、お付き合いしていた女性から“本当はボクシングを続けたいのではないか。チャンピオンになるという目標を達成したほうが良いのではないか”と言われ、周りにどう思われようと、“女では敵なし”と言われるまでリングに上ることにした」。
プライベートでは男性トイレに行っていたが、競技場などでは女性更衣室、女性トイレ。ボクシングを続ける上では仕方がないことだという葛藤に悩みながらの競技生活だったという。
「男、女というところにこだわってしまうと、もうリングに上がれなくなる。大好きなスポーツができなくなる。とにかく目の前のことを精一杯やろうという気持ちでいないと取り組めなかった。私だったら元々男性だった人が女性選手としてリングに上がってもいいと考えるが、他の女性選手も同じように受け止められるかと言えば、必ずしもそうではないと思う。やはり選手目線と当事者目線のバランスはとても難しい。一定のルールがありつつも、誰もがスポーツを楽しみ、努力できる権利は全ての人に与えてほしい」。
ジャーナリストの佐々木俊尚氏は「ジェンダー、性別というものは明確に分かれるものではなく、非常に無数に存在するわけだが、あくまでも男女という区分で競技を実施するのであれば、格闘技のような体重別、あるいはテストステロンの量などで、ある意味で“区別”をせざるを得なくなる。しかし、そうなると必ず差別か区別か、という議論になってくる難しさがある。他方で、それぞれの当事者の気持ちに寄り添いすぎると、どんどん感情の議論になってきて、政治的な対立や分断に飲み込まれてしまう可能性がある」と指摘。「基準を何にしたとしても、きっとどこかで例外が出てくる。しかしボクシングでフェザー級の選手が“俺はなんでヘビー級に出られないんだ”とは思わないように、競技ごとに選手たちが納得できる一定の基準、様々な区分を考えていくしかないと思う」と話していた。(ABEMA/『ABEMA Prime』より)
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