人を恐れない“神の鳥”をどう守り抜く? ニホンライチョウ「復活作戦」が始動!
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 標高3000m級の山々が連なる中央アルプス。卵を産んだのは、木曽駒ケ岳に1羽だけ生息している、雌のライチョウだ。餌を取るために巣を離れている。

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 「じゃあ、有精卵入れますよ」と声をかけながら作業を続ける。巣に置いているのは、別の雌が産んだ有精卵だ。ふ化してひなが生まれるため、ふ化しない無精卵と入れ替えた。

 中央アルプスのライチョウは、半世紀前に目撃情報が途絶えていた。ところが2年前、絶滅したと考えられていたこの地で雌1羽が確認されたのだ。北アルプスから山伝いに飛来したとみられている。

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 これをきっかけに環境省は「復活作戦」に乗り出した。環境省の専門官は会見で「ライチョウは雌1羽でも無精卵を産んで抱卵するという習性があります。そこで中央アルプスに飛来した雌が産んだ無精卵と有精卵を入れ替えることで中央アルプスでひなを誕生させることができないか」と述べた。

 山岳信仰が強く根付いた日本でライチョウは特別な存在だった。「奥山の一番高いところにすむライチョウは日本人にとって古くから神の鳥だったんです。日本文化を象徴する存在がライチョウなんです」。そう語るのはライチョウ研究の第一人者で信州大学名誉教授の中村浩志さん(73)だ。復活作戦の指揮を執る中村さんは、「日本のライチョウが絶滅する危険性を少しでも減らしたい。中央アルプスにライチョウを復活させる」と意気込む。

 目標は5年後、100羽まで増やすことだ。“神の鳥”ニホンライチョウを絶滅の危機から守ることはできるのか、そしてニホンライチョウはよみがえるのか。前代未聞の一大プロジェクトを追った。(長野朝日放送制作 テレメンタリーよみがえれ〝神の鳥〟』より)

■「ライチョウの気持ちが分からないと、うまくいきません」

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 ニホンライチョウは国の特別天然記念物に指定されている。生息地は高山帯、それも北アルプスや南アルプスなど、長野県周辺のわずかなエリアに限られる。作戦の舞台となる中央アルプスでは半世紀前に絶滅したとされる。1980年代には国内で3000羽が生息すると推定されたが、最近の調査では1700羽前後と半数近くまで減っている。

 中村さんと環境省は、2015年から保護して数を増やす取り組みを続けている。中村さんは「そこからはゆっくりだよ、できるだけひなを前へ」とひなを保護する作業を進める。

 生後1カ月間は致死率が高い。この間、親と一緒にケージに入れて雨風や天敵から守る。この手法を確立したのが中村さんだ。中村さんは「ライチョウの気持ちが分からないと、この事業はうまくいきません。ライチョウが今怖がっているのか、餌をほしがっているのか、その辺をしっかり見ながらライチョウのケアを進めていきたい」と話す。

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 無精卵と入れ替えた有精卵は8個。動物園など全国の飼育施設から提供を受けた。卵の入れ替えは2019年も実施され、5羽がふ化した。ところが間もなく全滅。天敵に襲われた可能性もあるという。

 6月、中村さんは「理想的な形で卵の入れ替えができました。ハイマツの枝を曲げて、巣を見えない状態にしました」と説明する。ハイマツの枝に隠れた巣で雌は卵を温め始めた。

 3週間後、順調にいけばふ化してヒナが産まれているはずだ。巣を調べると、卵が割れ、ひなと雌は見当たらない。中村さんは「最後のひながいました。かわいそうに」と話す。全て、死骸で見つかった。

■山頂付近で起こった“予想外のサル事件”

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 一体、何が起きたのか。巣の近くに設置したセンサーカメラが捉えていた。

 モニターを目にした中村さんは「ああ、サルが写っているよ」とつぶやく。卵がふ化した日に、ニホンザルが現れたのだ。標高2956mの木曽駒ケ岳山頂付近で確認されるのは、今シーズン初めてだ。

 中村は「おそらく卵が珍しいから巣から取り出したんでしょう。取り出して捨てたんでしょうね、食べずに。巣に気が付いて近付いただけでね。雌がパニックを起こしてしまったという。で、散らばったひなたちを集めることができなかったんでしょう」と分析する。

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 8個の卵からかえったひな5羽が全滅した。巣から離れた所で2個の卵が見つかり、1個は巣にあったがふ化しなかった。中村さんは「残念です。最後の最後でこういう予想外のことが起きちゃって。1日ずれていたらおそらくこういうことは起きなかったですね。孵化が1日遅れていたらね…」と悔やむ。

 木曽駒ケ岳から下山した中村さんは、すぐに車を走らせた。「今から数十年前は、サルは高山帯にはいなかった。それが平地で数を増やして、とうとう高山帯まで上がってきてしまった。だからそのこと自体が問題でね。僕は特別、サルが憎いとは思っていません」と語る。

■人の手でしっかり守る、2段構えの「復活作戦」

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 向かったのは北アルプス南部に位置する乗鞍岳だ。他の山に比べ、ライチョウの生息数が比較的多い。卵の入れ替えは失敗に終わったが、「復活作戦」は2段構えになっている。

 まず、乗鞍岳で3家族20羽程度を保護、ひなが成長したらヘリで中央アルプスに運ぶ。1羽の雌と合流させてより大きな群れを作らせ、繁殖につなげる作戦だ。中村さんは「もう、こちらで全力投球するより仕方ない」と語る。

 野生の親子を見つけて一定期間ケージで保護し、中央アルプスに移す。ふ化がピークを迎える7月上旬、悪天候が続いた。

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 この日の朝、1つの巣でふ化を確認した。ひなは6羽だ。まだ体温を維持できないため、母鳥に温めてもらっていた。慎重に近づいて、仮設のケージに誘導していき、中に入った。中村さんはすかさず「はい!四隅を持つ!真ん中持っててもだめだ!急いで!」と声を上げる。

 巣に残った孵化の後を見て、「多分夕べあたりふ化が始まったんでしょう。あとはもう、人の手で守ってやるだけです。ふふ、かわいいでしょう、ふ化したばかりのひなは。良かった」と、ひと安心の様子を見せた。

■「凡ミスで、ひなをなくしたくない」

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 予定通り3家族を確保し、ケージでの保護が始まった。1日2回、散歩の時間。子育ては雌の役割だ。ひなは、母鳥の様子を見て食べられる高山植物などを覚えていく。

 散歩が終わり、ケージに戻す直前に中村さんは「ひな追って!見てないで!ほら!」と声を荒らげる。1羽が母鳥から離れてしまった。中村さんは「そういうことが起きないために見てるんだから!」とスタッフに注意をうながす。

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 中村さんの右腕となって保護活動を支える若手がいる。環境省・生息地保護連携専門官の小林篤さん(33)だ。学生時代から中村さんのもとでライチョウの生態を研究している。フィールドワークの分野は登山が伴うため、研究者のなり手は非常に少ない。

 中村さんは「まさに僕の後継者ですね。ライチョウ研究の後継者。高山の厳しい環境でのライチョウ調査に耐えられたということでしょうね」と小林さんを評する。

 世話を手伝う有志のメンバーに、手ほどきする小林さんは「(網を)ピンと2枚とも張った状態で張れるように。過去にあそこから出てひなが死んじゃったこともあるので。あと1週間、ここまできてそういう凡ミスで、ひなをなくしたくない」とスタッフを指導していく。

■妥協は一切許さず、ライチョウが最優先

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 ケージでの保護が始まって2週間が経った。小林さんは「先生、電話してみました。乗ってきた車両を下で使うみたいで…」と報告した。小林さんが、下山しなければならないという。

 中村さんは「とにかく現場が一番大事だから。現場を支える態勢をつくるのが仕事なんだから。自分たちの都合で動いていたらだめだよ。何が起きるか分からない。それを小林君は分かってない!」と叱咤する。中村さんにとって、ライチョウが最優先。妥協は一切許さない。

 小林さんは「こんなにフィールドに出てくる担当官いないですからね。ケージ保護の面倒を見られる人間が他にはいないということですよね。それが結構問題ではあるんですけど。それならそれでもうちょっと大事にしてくれてもいいですよね。ふっふ」と笑う。

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 一方、中央アルプス木曽駒ケ岳では、親子を受け入れる準備が進んでいた。

 ヘリコプターの着陸する場所を確認している時だった。スタッフが「何々?」「サル、サル!分かる!?」と口走った。

  木曽駒ケ岳に、ニホンザルの群れが現れた。スタッフの一人が「一番ライチョウが好きな餌をサルが食べてます」と話す。

 山林と人里の境にある農地や森林の荒廃が進み、サルが人里に下りてきやすくなっている。人間の生活圏では農作物などのエサが豊富にあり、数が増える。行動範囲を広げ、高山帯に頻繁に出没するようになったと考えられている。

 環境省の委託業者は「例えばシカが上がってきたり、サルが上がってきたり、いろんなものが上がってきて、みんなが食べつくしていくと、花の一番おいしいところを貪り食っちゃうので、影響があるのかないのか…」と頭を悩ませる。

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 中央アルプスでは、1967年にロープウェーが開通した。2年後、ライチョウの目撃情報が途絶えた。登山者が捨てた残飯が、捕食者の小型動物などを引き寄せたという見方もある。

 中村さんは「本来高山にいなかったキツネとかテン、カラスなど本来平地にすむ捕食者が上がってきてライチョウの卵とかひな、親を捕食するようになった。捕食者の増加が減少の最大の原因だと思っています」と分析する。

■人が近くで見守る、日本ライチョウならではの保護方法

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 乗鞍岳にヘリが到着した。木曽駒ケ岳までは直線距離で40kmほどだ。繁殖につなげるため、環境省がライチョウを別の生息地に移す初めての試みだ。

 なんとか3家族19羽を運んだ。日中は、ケージから出して環境に慣れさせる。天敵が近寄らないよう、人が近くで見守る。そして、夜間はケージに収容する。この方法で保護することができる鳥は、ニホンライチョウしかいないという。

 中村さんは「ライチョウをとって食べることを日本人はずっとしてこなかった。だからこそ日本のライチョウだけが人を恐れない」と語る。

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 6日後、スタッフが「先生、この後どう上げていきましょう」と質問すると中村は「もうちょっと先までね。いったらあとは自由にさせましょう」と答えた。

 「放鳥です。終わりです」の掛け声とともに、山頂付近で見送った。中村さんは「放鳥した家族が無事育つように捕食者対策が重要になると思う。キツネとかテンが木曽駒ケ岳にいることが分かっている」と話す。

■全員無事!「復活作戦」は、とりあえず一安心

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 放鳥の3週間後、中村さんは山に入った。生存している数と生息の状況を調べるためだ。中村さんから声が上がる。「ひなが6羽いる!全員無事だ!」。

 放鳥した1つの家族だ。さらにあの雌1羽が合流していた。中村さんは「飛来した雌は少なくとも2年冬を越しているので、どこで越せばいいかが分かっている。安心した」と話す。

 9月には捕食者対策として設置したわなでテンの捕獲にも成功、動物園に搬送した。

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 10月末、小林さんが調査に臨んだ。2日間かけ、歩くこと10時間。小林さんから「いた」との声。急斜面に全部で5羽いた。冬の羽に生え変わっていた。

 中村さん直伝の、釣り竿を改造した道具で捕獲を試みる。3羽を捕獲し、個体を識別する足輪を確認すると、すべて親の元を離れた「若鳥」だった。小林さんも「良かったね。本当に良かった」と顔をほころばせる。その後、見つけた場所で、放鳥した。

 小林さんは「大人とほぼ同じ大きさまで成長してくれていたのでとりあえず一安心。このまま生き残ってくれれば十分繁殖の可能性はある」と話す。

 遅れて合流した中村さんに、小林さんが「5羽の群れが見つかりました」と報告する。中村さんは「よく見つけてくれました」と微笑む。

 環境省には、登山者からの目撃情報や写真も寄せられている。乗鞍岳から移した19羽のうち少なくとも18羽が生存していると中村さんは考えている。順調に越冬すれば、4月以降に繁殖期を迎える。(長野朝日放送制作 テレメンタリー『よみがえれ〝神の鳥〟』より)

よみがえれ〝神の鳥〟
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