ほんの一瞬の出来事だった。何が起こったのかさえ判らなかった“逆転KO”劇をスロー映像で確認した実況席が、声を揃えて驚いた。相手の左に合わせて鋭く振り抜いたのは、拳ではなく、右ヒジだった。
4月15日にシンガポールで開催されたONE Championship『ONE ON TNT II』。キム・キュサン(韓国)とワン・シュオ(中国)の対戦は、圧倒的な手数で上回ったキムを、タフすぎる新鋭・ワンが3ラウンド、カウンターのヒジ一撃で見事に沈め、ONEでの鮮烈デビューを飾った。
ONEのお膝元のメガジム「Evolve MMA」に所属する期待のキムと、“小さな旋風”ことシンガポールのレベルFCの王者で今回が初参戦となるワン。ワンは急成長を遂げる中国格闘界を代表する選手のひとりだ。
1ラウンドから互いにプレッシャーをかける両者。リーチや背丈で勝るキムがパンチと蹴りを織り混ぜ手数を稼ぐと、小柄なワンは強いローと早い出入りからのフックで試合を組み立てていく。試合を通して際立ったのは、打たれても前に出続けるワンのタフさだ。明らかな有効打を貰いながらも、じわじわと前に出る姿勢を見せ、キムがバランスを崩す一瞬の隙を狙ってパンチや蹴りなどの連打を繰り出していった。
2ラウンド中盤になると、徐々にキムが後退する場面が目立ちはじめる。この状況についてABEMAで解説を務めた大沢ケンジは「打っても(ワンが)倒れないから、自分がバテる怖さも出てくるのでは?」と、先手必勝ながらも、殴っても殴っても倒れない相手に対するキムの困惑ぶりを代弁した。
インターバルでも両者の表情は対照的だ。実況の西達彦アナウンサーも「当てているのはキムですが、表情をみると(殴られたのが)どっちかわからないですね」と指摘したように、やや俯き加減で疲れを滲ませるキムに対して、あれだけ殴られても顔色ひとつ変えずに淡々と給水をするワンの姿が印象的だ。
3ラウンド、次第に両者拮抗した展開に。キムが焦りを感じたか、プレッシャーを強め左フックを打ち込んだ瞬間、“バキッ”という音とともにキムが後ろからダウン。ここでレフェリーが体を投げ出してストップの仕草を見せるも、ワンの勢いに飲まれたか躊躇。そこにワンがとどめのパウンドを打ち込むと、今度はレフェリーが強引に割って入り試合を止めた。
速すぎて見えなかったフィニッシュシーン。スローで見ると、飛び込んできたキムのアゴにワンが右ヒジを一閃。ピンポイントで急所を捉える技術の高さに内藤も思わず「これは一発で落ちると思います。キム選手も見えてなかったですね」と語り、視聴者からも「ヒジ怖いな」「危ない攻撃」などの声が上がった。
相手を倒した直後、手のひらに何か文字を綴るような謎のパフォーマンスで自らの勝利を祝ったワンは、勝ち名乗りを受ける際も、キムの強打を浴び続けた後とは思えない何食わぬ表情を浮かべていた。そんな様子に大沢ケンジは「面白い選手が出てきましたね。打撃が上手いキムに殴られても前に来るのは嫌だと思う。(これから)上に来るのでは」と、タフさと殺傷能力を併せ持った新鋭を称賛した。