日米首脳会談の共同声明に盛り込まれた“台湾海峡”という文言。台湾情勢に関する内容が日米首脳間の文書に盛り込まれるのは、実に約半世紀ぶりのことだ。
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台湾外交部は「両国が台湾周辺の安全保障に関心を寄せていることを心から歓迎し、感謝する」としている一方、中国外務省の報道官は「中国の内政に乱暴に干渉し国際関係の基本ルールに重大に違反している」として“断固反対する”という声明を発表している。
注目を集める“台湾海峡”という文言について、慶應義塾大学の神保謙教授(国際政治学)は、次のように説明する。
「中国の軍事的な台頭が続き、台湾海峡、さらには米中の軍事バランスでさえ変化している。もちろんアメリカには依然として中国を圧倒する力がある。ただ、中国の軍事力はアメリカが犠牲なく介入し、台湾を完全に防衛できるというレベルをはるかに超えたものになってきている。中距離ミサイルだけで約2000発も持っているし、在日米軍基地やグアム、あるいは展開する空母を精密に打撃できる能力があるので、通常戦力を台湾海峡の近くに持って行くだけでも大変だ。
一方、中国共産党にとって“国家統一”は悲願で、そのための“総仕上げ”として台湾は避けて通れない課題だった。中国としては武力ではなく、平和的に統一したいと言ってきたし、香港に適用したような“一国二制度”でもいいという形で秋波も送ってきた。台湾においても、中国に統合されながら自分たちの暮らし、民主主義、経済を守れるという主張もあったが、それに強く反発してきたのが蔡英文さん率いる民進党だ。その勢いが増し、“自分たちは中国人ではなく台湾人だ”という台湾アイデンティティも育ってきている。加えて民主主義が奪われた香港情勢を見れば、平和的統一というシナリオはますます遠のいた。
中国としても、この状況に焦りを感じていて、仮に台湾が独立宣言を出したり、そのための憲法改正をした場合、“非平和的手段”で問題を解決するという法律まで作った。中国の国防部、シンクタンクの方と話していると、“この決意を過小評価しないでほしい。仮に経済的な損失があったとしても、国家統一の問題として優先順位は高いということは忘れるな”などと言う。
来年党大会を迎える習近平政権としても、本来であれば国家主席の任期は2期のところ、それを撤廃して3期、4期とやりたい。台湾問題の回収、解決が、共産党内の正統性を支えるためにも重要だ。“ここで勝負しなければならない”というタイミングが、向こう6年以内に来るという可能性がある。アメリカとしても近い将来、台湾情勢が深刻な形で変動するリスクが大きくなったと判断しているからこそ、兵力を展開したり、軍事演習をしたり、南シナ海を含めて航行の自由作戦を実施したりして、戦う意思と能力を示し、隙を作らないようにしてきた。
それに対して、今回の共同声明では、“平和と安定”、特に“安定”の部分が強調され、武力を使った一方的な現状変更には対抗するということがより明確に示されたというところに重要な意味がある。日米首脳会談で台湾に言及するのは、1969年の佐藤・ニクソン共同声明以来、約半世紀ぶりだ。ただ、これは米中の上海コミュニケや日中の国交正常化の前なので、現在とは全く文脈が違う。また、外務大臣と防衛大臣が集まって日米の安全保障について話しあう閣僚会議(2+2)の場では2005年くらいから台湾問題について言及されてきたが、どちらかと言えば“両岸関係の平和的な解決を望む”とか、“促す”といった表現だった。しかし日米同盟において台湾に関与するという姿勢をより強い文言で示していかないと、北京で誤解が生じるかもしれない、ということが大きかったと思う」。
仮に米中衝突が起きるとすれば、どのようなシナリオが考えられるのだろうか。
「まず、2014年にロシアがクリミア半島を吸収した時と同じようなシナリオだ。台湾を親中派と台湾独立派に内部から分裂させて親中派の勢力を伸ばし、これを保護するという名目で介入し、人民解放軍や人民武装警察などを送り込んで実質的に吸収してしまうというものだ。次に、限定的な戦争だ。全面侵攻すればアメリカの介入を招き、最終的にはガチンコでぶつかり合うことになってしまうが、それは避けたい。そこで例えば南部の福建省の目と鼻の先にある台湾領の金門島、馬祖島を限定的に侵攻して併合してしまうということが考えられる。3番目が全面侵攻だ。台湾に上陸し、総力を挙げて米軍を撃退するというものだ。
仮に一つ目と二つ目のような状況になり、アメリカが介入することになれば、日本も日米安保条約と2015年の安保法制の“重要影響事態”に基づく後方支援をすることになるので、日本も巻き込まれて一緒に戦うということになる。もちろん三つ目になれば、それは不可避だ。特に与那国島は台湾から100kmほどしか離れていないので、巻き込まれないということはほぼ考えられないし、アメリカ軍機が飛び立つ沖縄の嘉手納基地に対するミサイル攻撃も考えられる。これは強いて言えば日本に対する“武力攻撃事態”ということにもなる」。
日米両国では、台湾に関する文言を盛り込むかどうかをめぐっては、温度差もみられたようだ。
「アメリカ側は言及に積極的で、日本側はちょっと抑えたい、という構図だったとは思う。報道によれば、日本としてはできるだけ2+2等で使われてきた文言を踏襲して使うようにしたかったようで、“今までと変わらない”という余地も残す文章になっているというところも、外交的な配慮として読み取るべきだろう。
1万4、5000社の日本企業が中国で活動し、その多くが黒字を上げている。世界における投資回収率で見ても、中国は約16%と圧倒的だ。やはり経済界としては、中国市場、サプライチェーンは簡単に切り離すことはできない。他方で、バイデン政権としては半導体とかレアアースといった機微な技術、あるいは医療品のサプライチェーン、電気自動車などで重要になる大容量バッテリーなどを中国に依存しすぎていることでのリスクを気にしている。台湾の半導体メーカーに対し、工場をアリゾナ州に移転するよう促しているのもそのためだ。日本の経済界としても、このような流れの中で生きのびることができるかということは考えないといけない」。(ABEMA/『ABEMA Prime』より)
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