県内外から7000万円もの支援…県民に愛される山形交響楽団、コロナと向き合った1年間
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 地元の人が愛着を込めて「山響」と呼ぶ山形交響楽団。1972年に設立された東北初のプロオーケストラだ。全国的な新型コロナウイルスの感染拡大で、51人の楽団員や関係者、そして聴衆は音楽を奪われた。

・【映像】つなぐ山形交響楽団

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 「音楽が今この瞬間に必要とされているのか…」(ソロコンサートマスター・高橋和貴さん)

 演奏活動を継続するため、コロナと向き合う日々が始まった。これまで経験したことのない感染対策。その努力のすべては、再び音楽の喜びを観客に届けるために。(テレメンタリー/山形テレビ制作『つなぐ山形交響楽団 ~そこに音楽がある幸せ~』より)

■「苦労してもいいから、子どもには本物を聴かせたい」

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 「日本オーケストラ連盟」の会員楽団の多くが本拠地を大都市に置く中、山響のように地方で活動するのは珍しい。その地元に根差した活動は県民から大きな支持を得ており、定期演奏会は毎回9割以上の入場率を誇っている。

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 そんな山響の活動の一つが、オーケストラが学校へ出向く“スクールコンサート”だ。設立から50年近く経った今も続く取り組みで、これまでに延べ300万人もの子どもたちに生の演奏を届けてきた。

 「音楽って特に精神を作るもの。僕は“心のミルク”って言っている」「いかに田舎の環境が音楽的に遅れているか、浸透していないか。地方で自分たちが苦労してもいいから、子どもには本物を聴かせたいと」。山響設立当時の常任指揮者・村川千秋さんの信念だ。山形県村山市出身の村川さんは音楽の道を志して東京芸術大学へ進学したが、東京と地方で文化・芸術の環境に大きな格差があることにショックを受けたという。

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 スクールコンサートは、そんな村川さんの想いが実を結んで誕生した山響の原点ともいえる活動だ。バイオリンの中島光之さんは「私たちのベースになる活動だと思っています。40年以上続けてきたことで、山響を聴いたことがないという人を探す方が難しい。そういうのは、他の県ではちょっと考えられない。大切にしていくべきだと思っています」と話す。

■リハの最中に公演中止の知らせが…

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 JR山形駅近くに新しい県民ホール・山形県総合文化芸術館が完成した。去年3月、山形の文化・芸術の新たな拠点としてグランドオープンする予定だったが、全国的な新型コロナの感染拡大が影を落とした。

 2日後の本番を控え、ジャズピアニストの小曽根真さんが県のために書き下ろしたピアノ協奏曲のリハーサルが佳境に入っていた時だった。専務理事の西濱秀樹さんが舞台上に現れ、「本当に申し訳ありませんが、この公演のリハーサルも含めて終了とさせていただきます。また音楽活動が再開できる時を待ちましょう」と説明した。

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 「とにかくショックで。練習の途中で西濱専務が入ってきたときにもう駄目だと分かったんですけど、受け入れるのには時間がかかりましたね」(トロンボーン・篠崎唯さん=崎は正式にはたつさき)。

 それでも「最後までやろうよ。あと、ほんのちょっとなんだから」「ラストまで行きましょう」と練習を継続。拍手と笑顔でリハを終えると、楽団員たちの間からは「コロナのバカヤロー!」との声も上がっていた。

■コロナに関してできることはない…

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 終わりの見えない活動休止期間に入った山響。去年3月31日に吉村美栄子知事が「第1例目となる新型コロナウイルスの感染者が米沢市で確認されました」と発表。県が高速道路のパーキングエリアでの県境検温など、水際対策に力を入れるようになり、山響の公演も相次いで中止に追い込まれた。

 「東日本大震災の時でも、ここまで中止になっていないでしょう。普通は経営が厳しいとなったら原因があるんです。例えばお客様が少ないとか、公演数が少ないとか。じゃあお客様を増やすにはこういう戦略を打っていけばいいじゃないかとなりますが、コロナに関して我々ができることはっていうのは、ない」(西濱専務理事)。

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 大阪の楽団の経営を立て直した手腕を買われ、6年前に山響に招かれた西濱さん。東日本大震災後にスポンサーを失い窮地に陥っていた経営を立て直し、ようやく軌道に乗ってきたタイミングでのコロナ禍。「見込まれていた1億2000万円の収入が得られなくなった。さあこれから、という時の、その絶望感というのは経営者としてありえなかったです。ようやくここまで来て…と」。

■県内外から7000万円もの寄付が寄せられる

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 そんな山響を支援しようと、山形市が中心となって「ふるさと納税」による寄付を呼びかけた。山響の園部稔理事長も「まさに楽団運営は危機的な状況にある。文化による活性化に貢献して皆様の応援にお応えしたい」と会見の席上で訴えた。

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 5月には活動が制約される中、演奏会の模様を無料で配信。その広がりは県内にとどまらず、海外も含めて延べ20万人が視聴した。蔵王温泉やさくらんぼ農園など、観光名所などで楽団員が演奏するユニークな動画も話題となり、わずか3カ月で山形市のふるさと納税をはじめ、個人・法人など合わせて7000万円もの寄付が寄せられた。

 「寄付してくださった方の思いを想像した時に、今の山響を何とかしたい。その思いもあるでしょう。ただ、遠い先の未来も含めて、私たちのこの町で活動を続けること。何世代の後の子どもたちも音楽や芸術を伝えて山形県の一つの魅力・誇りにしていくことを見据えての寄付と受け止めています」(西濱専務理事)。

■「払い戻しはしませんでした。お弁当代にでもしていただければ」

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 クラシックコンサートのガイドラインが示されたことを受け、7月には観客を入れた演奏会も3カ月半ぶりに復活した。

 来場者は「特別定額給付金を山響さんの活動に充てることができると聞いて、私も積極的に応援はしていきたい」「チケットの払い戻しをどうしますか?って聞かれたんですが、払い戻しは一回もしませんでした。本当に微々たるものですが、メンバーの方のお弁当代にでもしていただければ」と笑顔で話す。

 この日は2000人収容のホールに入場が許されたのはわずか300人だ。それでも演奏家にとって、再び音楽を観客に届けることを実感できた公演だった「普段、当たり前に拍手を聞いていた人間でした。でも、当たり前のことは、実際にはすごいことなんですよ」(阪哲朗・常任指揮者)。

■飛沫対策を徹底させる中での「第九」演奏会

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 山響は、地域の魅力を全国へと発信する取り組みにも力を入れている。耕作放棄地が広がっていた棚田の再生事業にも有志が協力。「よそのオーケストラから“山響って、密着したことずっとやっているもんね”って、コロナでそういう話をすごく聞くようになって」(トランペット・井上直樹さん)。

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 9月、山形県の感染状況は落ち着いていた。山響も公演を重ね、少しずつ日常を取り戻していくかと思われた。しかし、秋の終わりとともに感染者が再び増えだした。年末に予定される「第九」演奏会。2011年から続く人気イベントで、すでにチケットは完売していた。

 しかし合唱団も舞台に上がり密の状態になるプログラム。飛沫対策も課題になるため、慎重に協議を重ねた結果、合唱団の人数を例年の半分に減らして間隔を広げ、客席も通常の半分以下にするなど、全日本合唱連盟などのガイドラインを上回る対策を取った上で演奏会を開催することにした。「ビニールシートを入れて飛沫が絶対にオーケストラメンバーの方に行かないように…。本当に手探りです」(スタッフ・南條幸熙さん)。

 感染対策をしても普段と変わらない良い音を作り上げようと、舞台スタッフたちの試行錯誤は夜遅くまで続いた。

■「やはり山響は私たち山形県民の宝だ」

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 合唱団が舞台に上がり、リハーサルが始まった。飯森範親芸術総監督は「未来への希望を絶対に克服してやるという強い思いをこれを今回は第九で表現したい」と意気込む。

 合唱団の入場の際にも間隔を開けるなど、舞台裏でも感染対策を徹底。新型コロナで亡くなった人を追悼し、未来へ希望をつなぐ、第九が始まった。

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 聴き終わった聴衆の一人は「初めて第九で涙が出ました。今年は1月から全くコンサートに来られなかったので、今日は本当に良かったです」と涙。別の来場者も「やはり山響は私たち山形県民の宝だ」と話した。

 「ここに至るまでのいろんな準備に皆さんとても苦労してくださったので、歌っている側は“泣いちゃいけない”って思っていますけれど、それでもじわっとしながら…」と(山響アマデウスコア・東玲子副代表)、「このついたてをまた使う機会がないことを祈るばかりです」(南條さん)。

■「ここまでやるんだ、ということをやらないと意味がない」

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 年が明けても収束は見えず、11都府県に緊急事態宣言が再発出された。山響にとっても、感染対策に気の抜けない毎日が続いた。「舞台関係の人たちが、ここまでやるんですか?となるわけですよ。でも、ここまでやるんだ、ということをやらないと意味がない」と西濱専務理事。山響は強い絆で結ばれた人々のために音楽の喜びを届け続ける。

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 10年以上前から赤ちゃんにも音楽を届けている創立名誉指揮者の村川さんは「赤ちゃんは、素晴らしいでしょ。生まれてから初めて音楽にというものに触れるわけですね、その時に本物の音楽を」。音楽が、未来につながることを信じて。(テレメンタリー/山形テレビ制作『つなぐ山形交響楽団 ~そこに音楽がある幸せ~』より)

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