井手上漠「人生を“普通”に楽しむ自分を見てほしい」 性別がないアイコンとしてメディアに出る意義
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「キラキラして笑っていられればそれでよくて、そういう世界になっていったらうれしい。それは、これからもずっと願い続けています」

【映像】学ラン姿の井手上漠さん(当時14歳) ※5分ごろ~

 2018年、第31回ジュノン・スーパーボーイコンテストにてDDセルフプロデュース賞を受賞し、“可愛すぎるジュノンボーイ”として、脚光を浴びたモデル・井手上漠さん(18歳)。SNSのプロフィール欄に「性別ない」と書くなど、自らジェンダーレスを告白し、等身大で活躍する姿に支持が集まっている。

 そんな井手上さんが、4月に生い立ちや18年間の葛藤を赤裸々につづったフォトエッセイ『normal?“普通”って何?』(講談社)を出版。本のタイトルには、どのような思いが込められているのだろうか。ニュース番組『ABEMAヒルズ』キャスターのテレビ朝日田中萌アナウンサーが取材した。

■井手上漠、母から“恋愛対象”を問われ「性別で決めたことがない」

井手上漠「人生を“普通”に楽しむ自分を見てほしい」 性別がないアイコンとしてメディアに出る意義

 2003年、島根県隠岐諸島の一つ、およそ2400人が暮らす海士町(あまちょう)に生まれた井手上さん。幼い頃から“かわいいもの”に魅力を感じたという。

――井手上さんは、どのような幼少時代を過ごしていたのでしょうか?(以下、田中萌アナウンサー)

井手上:キラキラしたものやかわいいものが好きでした。おままごとをしたりとか、『プリキュア』を観たりとか……。普通の小さい子供、かわいい子供。自分で言うのもあれですが(笑)。

 しかし、小学校高学年になった頃、そんな自分にとっての「普通」が、周りの人たちの「普通」とは違うことに気づき始めた。

井手上:自分は普通に生きているだけだったのに、違和感を覚えた男の子が(周囲に)何人もいて。そこから否定的な声が寄せられたんです。

――その後、井手上さんはどのような行動をとったんですか?

井手上:まず、髪を切りました。肩まであったのですが『なんであの子は私のことを気持ち悪いって思うんだろう』と考えたときに『私の容姿が醜いから』だと思ったんです。私にとってかわいくて伸ばしていた髪が、あの子から見たら気持ち悪いものと、とらえられてしまうのかなって。髪はすごく大事にしていましたが、しぶしぶ泣きながら母に切ってもらいました。

他にもなるべく男の子といるようにしたり、身なりも一般的に言う“男の子”といった格好をしたり。“偽った自分”という感じでした。なんて人生ってつまんないんだろうって思いましたね。

 本当の自分を隠して周りに合わせれば、変に思われないだろう……。その行動が、逆に井手上さんを「孤独」へと追い詰めた。そんな井手上さんを救ったのは、母親の一言だった。

井手上:(母に)つらいと自分の口から発したことはなかったのですが、まず「恋愛対象」を聞かれました。それに私は「恋愛対象がない。性別で決めたことがない」と言ったんです。すると、母は「そっか」の後に「漠は漠のままでいいんだよ」と言ってくれた。その言葉を『漠がいま思っていること、そのままやればいいよ』と私はとらえたんです。

好きなものを“好き”と言えなかったから、それが予想以上に苦しかったんです。でも、母の一言で『私がどのように生きてもお母さんは肯定してくれるんだ』と思えた。本当に怖いものがなくなりました。

井手上漠「人生を“普通”に楽しむ自分を見てほしい」 性別がないアイコンとしてメディアに出る意義

 好きなことを好きなだけやりたい――。自分らしさを取り戻した井手上さんにさらなる転機が訪れた。2017年に行われた「少年の主張」全国大会。秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さまが出席される大舞台で、井手上さんは思いの丈をスピーチに込めた。

「自分は人とは違う、変わっていると気がついたのは小学校高学年の頃でした。『気持ち悪い』いきなり耳を疑うような言葉が、僕の耳に飛び込んできました。『僕のこと? 僕のどこが気持ち悪いの?』その日から僕は変な目で見られていると感じました。もし今、ありのままの自分を認めることができず、悩んでいる人がいたら僕は伝えたい。あなたはこの世界にいなければならない人だということを――」(※2017年に行われた「少年の主張」全国大会のスピーチ映像より)

 結果は全国2位。その頃から、周囲の反応も変わっていった。

井手上:私を受け入れてくれなかった人たちも応援してくれるようになって『すごいね』って認めてくれたんです。それが自信と勇気になって、大会をどんどんのぼりつめるにあたり、いろいろな人と和解し、調和して、あのときの私は本当に輝いていたなって今でも思います。

周りに受け入れてもらったときに『もうちょっと自分が楽しく生きていれば、もっと早く人生を楽しく生きていたのかな』とも感じました。周りではなくて、すべて自分次第なんだなと思ったんです。

 少しずつ周囲の「普通」という価値観を変えていった井手上さん。フォトエッセイのタイトルにも特別な意味が込められている。

井手上:“普通”を考える機会って、なかなかないと思いますが「普通でいたいのに」とか「普通でいなさいよ」とか「普通がいい」とか……みんなそういうけど『普通の基準はどこから?』と思ったんです。“普通”に正解はあるのか、ないのか。それを考えたときに私の中にはなかった。だけど「みんな普通であるべき」と、なぜか“暗黙の空気”を読まなければいけなかったんです。

井手上漠「人生を“普通”に楽しむ自分を見てほしい」 性別がないアイコンとしてメディアに出る意義

――今、井手上さんが社会について何か思うことはありますか?

井手上:たくさんあります。例えば、私みたいなマイノリティは少数派と言われがちですが、今少数派なのは「自分がこうである」「自分はLGBTのこの人なんだ」と、言いづらい世の中だから、声を上げられる人が少数派になっているんです。

自分の考え方と違うから「この人はおかしい」「この人は自分に合わない」と言って切り捨てるのではなく、私は全部吸収しています。私は今まで性別の壁にいろいろぶち当たってきて、感じてきた思いや感情があります。ただ、これを「理解して」というのは難しいと思う。その人は、私と同じ経験をしていないので。これは性別に関してだけではなく、いろいろなことに対して言えることです。でも、“認め合う”は理解することに比べて、簡単なことだと思う。まずはそこから始めてほしい。

 今、世の中で認められている“普通”は、本当に“普通”なのか。井手上さんが考える「ジェンダー平等」で大切なこと。それは、お互いを「認め合うこと」。

■井手上漠「ありがとう」はたくさん言った――自分の存在を最初に認めてくれた母へ

井手上漠「人生を“普通”に楽しむ自分を見てほしい」 性別がないアイコンとしてメディアに出る意義

 この春、高校を卒業し、芸能活動を本格化させた井手上さん。人生を“普通”に楽しむ自分の姿を見せることで「同じ悩みを持つ人の心を、少しでも軽くしたい」と話す。

――今は芸能界でお仕事をされていますが、芸能界という場所を選んだのはなぜですか?

井手上:私のような当事者が、ジェンダーの壁をどのように乗り越えてきたのか。(SNSに)質問が寄せられたり、発信することで「勇気をもらえました」と言ってくれたり、誰かの励みになっているんだなと実感しました。『私って誰かの助けになっているんだ』と初めて知ったんです。私がこうやって楽しく生きているだけで、誰かに勇気を与えられる。私が誰かに相談されたときに、悩み事を聞ける立場になれる。そう思ったら、とてもうれしくなったんです。

私は性別がありません。でも、性別がないアイコンとしてメディアに出ることによって、例えば性別で葛藤している人が『自分も楽しく生きていいんだ』『男とか女とか考えすぎていたけど、そんな重く考えなくていいんだ』と、私を見るだけで元気を与えられるような存在になれるんじゃないか。そんな希望が自分にもあるのではないか、と考えたんです。自分でも小学校や中学校のときに葛藤があって。当時、もし私が、希望を与えてくれる存在に出会えていれば、救われたところもあるのではないかと思いました。

井手上漠「人生を“普通”に楽しむ自分を見てほしい」 性別がないアイコンとしてメディアに出る意義

 そして、自分の存在を最初に認めてくれた井手上さんからの母から、フォトエッセイの発売後、こんなメッセージが届いたという。

▼お母さんが井手上漠さんに寄せたメッセージ
「18年間、正解が分からず、何が正しいか、どうしたら良いか、ずっとずっと悩み続けてきました。普通だったらどんなに漠は幸せだっただろうとか、お母さんのせいなんじゃないかとか、、、考えても考えても出ない答えを探す日々でした」

「フォトエッセイ『normal?“普通”って何?』を読ませてもらって、やっとこれで良かったんだと思えました。お母さんがずっと願っていたこと。漠が未来に希望を持てること。漠が自分の道を諦めたりせずに未来を選んで行けること。今、まさにそうなっています。その姿にホッとしています。18年間が走馬灯のように駆け巡り、15回は号泣したかな、、。フォトエッセイは、お母さんにとって、ありがたいラブレターでした! 心からありがとうございます」

井手上漠「人生を“普通”に楽しむ自分を見てほしい」 性別がないアイコンとしてメディアに出る意義

井手上:あれ(メッセージ)は朝の5時くらいに来ていて。母は徹夜で(フォトエッセイを)読んだんでしょうけど、私は朝このメッセージを見て、ボロ泣きしました。私が初めて知る母の姿もあったので、涙が止まらなくて。お母さんのことを知ってるつもりだったけれど、知らなかった。なのにお母さんは私のすべてを分かっている。改めて、お母さんの偉大さを改めて感じました。「フォトエッセイは漠からのラブレターでした」という言葉をもらって、本当にこのフォトエッセイを出して良かったなと思いました。

――大好きなお母さんに今伝えたいことは?

井手上:「ありがとう」はたくさん言いましたので「長生きしてください」かな。(母は)心配しているようで、そういった素振りを見せないので「心配しなくていいよ」と伝えたいです。これからも(母に)お世話になることはたくさんあると思いますが、私は母から教えてもらった“強さ”があるので「その心配はいらないよ」と言いたいです。

ABEMA/『ABEMAヒルズ』より)

【映像】「性別ないです」井手上漠が考える“普通”  ロングインタビュー
【映像】「性別ないです」井手上漠が考える“普通” ロングインタビュー