「一言でいうと、朝日新聞はすばらしい新聞ですよって、胸を張って売れなくなったということだ」。大学卒業後、記者として27年間務めた朝日新聞社を5月をもって早期退職、ジャーナリストとして『SAMEJIMA TIMES』を立ち上げ、情報発信をスタートさせた鮫島浩氏(49)。
「私は朝日新聞が好きで朝日新聞に入った。そして27年間やってきたが、このところの報道を見ると、面白くないし、ウリがない。いい商品なので買ってくださいと、自信を持って言えなくなってしまった。朝日新聞社という影響力の大きな会社を正しい方向に持っていこうと、社内で一生懸命に戦って、それが上手くいった、改革が成功したと思うこともあったけれど、下世話な言い方をすれば、やはり“権力闘争”に破れ、追い出されてしまったということだ」と話す。
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鮫島氏の言う、「私が目指すべきメディアの方向と、今の朝日新聞が離れてしまった」とは一体どういうことなのだろうか。
「要するに、リベラルとは何か、ということだ。右か左かの問題と言い換えてもいいが、左が個人の自由や権利を大事にするのに対して、右は国家の利益を大事にする。この対立があるが、0か100かではなく、バランスが大事だ。私の場合、迷った時には個人の自由や権利に重心を置いて結論を出そうとしてきたし、それがリベラルだと信じてきた。批判のための批判には意味がないと思うが、個人の自由や権利に重きを置いていれば、国益を優先しようとする国家に対しては批判的な姿勢が強まるはずだ。ところが最近の朝日新聞は、どうもそうではないのではないか、ということだ。
読売新聞や産経新聞の場合、分かりやすく官僚や政治家、国家の立場でものを言っている。つまりある意味でスタンスがしっかりしていると思う。しかし朝日新聞も、結局のところはエリートがいっぱいいるので実態は同じ、つまりリベラルの仮面を被ってものを言っているという矛盾があると感じるようになっていった。コロナの報道もそうだし、オリンピックもスポンサーになって政府と一緒に推進しているではないか。個人の自由や権利を大事にする、本当の意味でのリベラルのメディアになっていない」。
■「合意形成プロセスの中で役割を果たせていない」
こうした鮫島氏の主張に一定の理解を示しながらも、“個人か国家か”という軸だけでは不十分だと指摘するのが、元毎日新聞記者でジャーナリストの佐々木俊尚氏だ。
「経済のことを考えてGoToキャンペーンをやるのか、それとも規制を厳しくするために緊急事態宣言やまん延防止等重点措置をやるのか、といった議論や私権制限の問題もある中で、メディアはこっちに行けばこっちを批判するという、いわば“永久批判装置”になってしまっていて、軸が存在しない。ただし、そういう時に個人か国家か、という軸だけで議論するのは20世紀的だと思う。
国家に対抗している我々は常に善であると思い込む一方、その新聞社そのものが強い権力になっていて、批判を許さない、特にポリティカル・コレクトネス的な文脈からリベラリズムや左派に反対すること自体が悪であると言われかねない状況になってきている。例えば差別や誹謗中傷の問題、LGBTをめぐる問題でも、人権を大切にしようという主張に反対する人はいないはずだ。しかし“反差別”や個人の自由が行き過ぎれば、必ず“副作用”のようなことも起きてくる。今の時代のメディアに求められる役割は、そこを調整し、何が最適なのかを考えるための公共圏を支えることだ。そこでネトウヨと対立しているだけでは弱体化していってしまう」。
鮫島氏は「合意形成プロセスの中で役割を果たせていないという指摘は同感だ。私は政治記者だが、かつてはメディアが言いたい放題でも、最後は永田町が意見をまとめ、合意形成をしてきた。ところが二大政党制になってからそれが難しくなった。それを代替するのがメディアの役割だと思う。ところがメディアには自分の立場にこだわってしまい、ポジショントークをしてしまう傾向がある。特に朝日新聞という会社はそこが強い。記者たちにも、一方的に情報を発信することで啓蒙してやるという視点、でも非難はされたくないという姿勢がある。多くの人と同じ目線でものを考えないといけない時に、そういう間違った思想が世の中に嫌われている最大の理由だと思う。
私の場合、5年前にTwitterを始めた。ネトウヨさんはじめ批判が殺到したが、ひとつひとつ読んでいると、私に対する批判は5%くらいで、残りの95%くらいは朝日新聞への批判だった。だったら会社に言ってくれよと思っていたが(笑)、意見は聞かないといけないという考えから、Twitterのブロックも一切してこなかった。人の悪口を書くことがあるんだから、自分が悪口を書かれても受け入れるというのが、メディアのプロとしての矜持だと思うからだ。面白いのは、辞めて以降はネトウヨさんの反応が半々に割れている。“やっぱりお前、所詮朝日だろ”が半分、辞めるというと“意外といいやつだね”というのが半分だ。やはり双方向性というか、世論の作られ方が変わってきた」。
■「SNSの暴走を抑制する役割を果たせなくなっている」
さらに佐々木氏は「SNSが言論のフラット化を招いたのは間違いない。しかし一方で玉石混交なのも間違いない。そこを党派性に絡め取られず、間違っていることは間違っていると指摘して公共圏を支えるのが新聞社やテレビ局の役割だと思う。また、アジェンダ(議題)設定能力と言って、朝日新聞が一面に掲載しました、NHKが9時のニュースで扱いました、といったことが社会における重要なテーマになってくる。その力は相変わらず大きい。しかし読者に最適化しようとした結果なのか、産経や読売は右に、朝日、毎日、東京は左に寄っていき、変な切り取り方をした報道が増えてしまい、SNSの暴走を抑制する役割を果たせなくなっているのではないだろうか」と指摘。「本来の権力監視は調査報道だし、対案を示したり建設的な提案をしたりすることを他のメディアに任せていてはいけないと思う。批判だけしているのは楽だが、それでは社会の理解を得られないと思う」と訴える。
鮫島氏は「メディアは批判だけをしとけと言っているわけではないが、それでも批判がないと議論は始まらない。ただ、購読者数が減ってきた結果、支えてくれている人々の方向に大きく引きずられてしまっていると思う。その意味では、新聞が世論を作る中心になることは難しくなってきたと思う。実際、若い人の中は朝日新聞を知らない人も多いし、入社した時とは名刺の力も全然違う。それはテレビも同様で、YouTubeしか見ないという若い人も増えてきている。新聞社から飛び出した自分としては、これからは自分で新しい形の言論形成の場を作るしかないと思っている」と話し、“サメタイ”への意気込みを見せた。(ABEMA/『ABEMA Prime』より)
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