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 6月18日のRISE後楽園ホール大会、そのベストバウトの一つは紅絹の引退エキシビションマッチだった。対角に立ったのは女子フライ級チャンピオンの小林愛三。紅絹にとってはジムの後輩にあたる。

 同門、試合よりも大きなグローブにスネにもプロテクター着用。しかし両者の闘いはエキシビションの枠を超えていた。限りなく“ガチ”な闘い。小林はグイグイと圧力をかけてミドルキックを叩き込み、紅絹は小気味いいパンチを返す。途中から、どちらも声をあげながら攻撃を繰り出していった。セコンドも試合同様「勝負しろ!」といった檄を飛ばした。

 エキシビションだから勝敗はない。ただ2分2ラウンドを終えると小林は泣いていた。尊敬する先輩と公の場で拳を交えるのは、これが最初で最後。強くなったことを伝えたかったし、言葉にならない思いもパンチと蹴りに込められる。小林にとっても紅絹にとっても特別な4分間だった。

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(関係者、ジムの仲間、かつて対戦した選手たちが揃った引退セレモニー)

引退セレモニーで流れたVTRでは、多くの関係者が紅絹の人間性を讃えた。デビューは2006年。決して“無敵”というわけではなかった。しかしどんな強い相手とも臆せず闘い、チャンピオンベルトを巻いてきた。そして格闘技に対して、また相手に対して常に真摯だった。

 最後のリングはRISEだったが、それまでにJ-GIRLS、Krush、シュートボクシングなどに出場。女子部門に力を入れる団体は、必ず紅絹の存在を必要としたのだと言っていい。

 本人も印象深いと語る神村エリカ戦をはじめ、その時々の注目選手、トップ選手と対戦し続けた。シュートボクシングではMIO、KrushではKANA、RISEでは寺山日葵、そして公式戦最後の相手となった宮崎小雪。彼女たちは紅絹と闘うことでトップ選手に成長した。RISEではエキシビションでの小林、それに寺山、宮崎と、3階級のチャンピオン全員と闘ったことになる。

 会場には、かつて対戦した選手たちに加えRENAの姿もあったという。セレモニーで花束を渡したライバルたちはみな泣いていた。ただ本人だけは「終わっていく」ことを落ち着いて受け止めていたようだ。引退挨拶では(セコンドの)グレイシャア(亜紀)さんや大島(椿)さん、そういう歴代の選手の方々がいて自分がいます。(ジャンルを)つないでくださった先輩方のおかげです。今はいない、連絡が取れない人たちも。いろんな団体で成長させてもらいました。キックボクシングが大好きなので、続いてほしいです」

 最後の舞台で語ったのが、ジャンルの歴史と未来に思いを馳せる言葉。そこに紅絹という選手の姿勢、性格がよく表れていた。インタビュースペースでは、後輩たちへのメッセージをと求められこう語った。

「みんなしっかりしてるので。何か言わなくても上を目指せるので心配はしてないです。私の道と後輩の道は違いますから。私がこうだったというのは大事にしなくていい。できた後輩ですから大丈夫。ただ必要としてくださるところがあれば協力したいです。女子キックの熱を冷ましたくないので。もっともっと大きくなってほしい」

 今ベルトを巻く選手たちには、紅絹がやってきた仕事を受け継ぎ、女子キックをさらに大きくしていくという役目がある。しかさそれはみんな分かっているし、実際にできるとも感じているのだ。次に続く者たちに“託す”ことができる人間だから、紅絹は尊敬され、みんなが彼女のために涙を流した。

 大会では、関係者に引退記念の手ぬぐいが配られた。キャリア全戦績を記したイラスト入りだ。WEBデザイナーでもある紅絹の、細部までの丁寧な気配りと仕事ぶり。ジムでもリング上でも、彼女は“これ”をやってきたということなのだ。

文/橋本宗洋

写真/RISE

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