2020年春。外国人留学生の誰もがかつてない困難に直面していた。緊急事態宣言が発出されてから3日、留学生支援などを行う一般社団法人「YOU MAKE IT」(福岡市)が開催したオンライン相談会では、「バイトできない。でも帰国もできない」「就労ビザのために仕事も見つけることもやらないといけないので…」と訴えが相次いだ。

・【映像】『それでも、この国で~コロナ禍 留学生たちの就職戦線~』

 話を聞いた楳木健司さんは「日に日に相談内容が重くなってきている。家賃払えません、家無くなりました、ご飯も食べられませんという状況になる一歩手前だと思う」と危機感を露わにする。

 希望を胸に、憧れの国・日本にやってきた留学生たち。しかし新型コロナウイルスは彼らの就職活動にも大きな影を落とした。夢が閉ざされようとする中、もがき続けた2人の留学生の10カ月を追った。(九州朝日放送制作 テレメンタリー『それでも、この国で~コロナ禍 留学生たちの就職戦線~』より)

■日本で就職して、日本で子どもと暮らしたい

 「こんにちは、サンブと申します」。私たちがモンゴル出身のサンブ・スウンドイダグワさん(27)と初めて会ったのは去年4月。福岡を含む7都府県に緊急事態宣言が出されてから7日後のことだった。

 長女のユスイちゃんと長男のナランくんを実家の両親に預けて来日、福岡外語専門学校で学んでいるサンブさんは、卒業後は日本で就職するつもりでいた。そして2人の子どもを日本で育てる、それが夢だった。「少しのことでも“ありがとうございます”とか言ってくれるじゃないですか。外国人にとっては、それだけでもすごく幸せになるんですね。“ありがとうございます”、“ごめんなさい”、“私が悪かった”ということをはっきり言えるように、それを日本人から習ってもらいたい」と笑顔で話す。

 夫は東京で技能実習生として働いている。サンブさんと同様、家族の帯同は認められていないため、一家は遠く離れ離れに暮らしているのだ。「日本で就職ができたら、“家族滞在ビザ”というビザをいただくことができるんですよ。そうすれば、子どもも日本に来ることができる。子どもの顔を見たりすると、何のために頑張ってるかということがすぐ分かる。この2人に良い生活させるために、良い教育を受けさせて大人になるまで、私が頑張らないといけない」。スマートフォンで子どもたちの写真を見ながら、サンブさんは語った。

■慣れない日本のビジネスマナー研修にも参加

 8月、サンブさんの就職活動が始まった。訪れたのは、ハローワーク福岡外国人雇用サービスセンター。「どんな仕事がしたいですか?」と尋ねられ、「空港でグランドスタッフ…」。しかし望んでいるような求人は全く出てこない。国が打ち出した「留学生30万人計画」の名のもとに増えた留学生。しかしその就職内定率は、日本人学生を大きく下回っている。昨年度は7月の時点で約4割だったのが、新型コロナが追い打ちをかけた今年度はさらに下がり、3割ほどに留まっていた。

 就職支援ナビゲーターの岩熊邦子さんは「今年はいろんな意味で厳しいですね。説明会とかもなかなかないんですよ、密になるからということで。募集の人数も減っている。例えば今まで5人のところが1人になったり2人になったりというところもあるでしょうし。かなり今までとは状況が変わってきています」と説明した。

 こうした状況を受け、留学生向けの就活講座も開かれた。「日本の企業で働く皆さま方には、やはり日本のビジネスマナーに沿った行動が求められます」と講師。留学生たちにはまだ馴染みのない日本のビジネスマナー。お辞儀もその一つだ。「まず15度程度の会釈。これは廊下ですれ違ったり、面接だったら入室するときに使うお辞儀です。次に敬礼。30度、これが基本的なお辞儀になります。最後、最敬礼といって一番深いお辞儀。面接ではこの3種類を使い分けていきます」。

 「全然経験したことのないことなので、私たちにとってはすごく大変。全然わからないことです」とサンブさん。

■求められる日本語のレベルが高い…。

 同じ会場で面接指導を受けていたのは、九州大学大学院で航空宇宙工学を専攻、半導体を研究しているロメオ・マルセル・クルニアワン(26)さんだ。英語は得意だが、就職活動で求められるのは、やはり日本語能力だ。

  「なぜ日本で就職したいと思ったんですか?」との講師の質問に、「日本で就職したい理由は2つあります」。しかしその後は、「変わりゆく社会でも、特にIT業界でも、変化に対応して…」と口ごもってしまう。緊張のせいか、日本語がなかなか出てこない。「求められる日本語のレベルが高い…。私には不十分な点があります」。

 就職活動を始めて9カ月。「去年の12月からです。ご縁がある会社はまだありませんでした。(エントリーしたのは)40社以上だと思います。でもゼロです…。精神的に、だいぶやられましたね」。インドネシアで生まれ、シンガポールの高校を卒業後、日本に来た。豊かな自然や四季の美しさに魅せられ、日本で暮らしたいと願うようになった。「日本に住みたいと思ってる。今まで住んだ国で日本が一番向いているかなと感じます」。

 家の近くの砂浜を散策するのが、息抜きの時間だ。「気分転換のために外で散歩すると、自然豊かな環境で心が癒される。もう日本は私の故郷みたいになりましたね。日本の社会で活躍したいと思っています」。

■もう自信がなくなりました。私は日本の社会に必要なのかな

 福岡外語専門学校では、成果発表会に向けた準備が行われていた。サンブさんを親身になって支えてきた稲益まどか先生は「とても前向きな子ですね。日本人が話す音と大差ない感じで話ができるので、そこはすごく強みだと思います。目標達成できるように、できる限りのことは手伝ってあげるのが私たちの仕事だと思っているので。ただコロナが…」と話す。

 この日、ロメオさんはオンラインでの最終面接に臨んでいた。スーツ姿でパソコンに向かう。「語学力でかけはしのような人材になって、役に立ちたいと思います。もし御社に入社させていただけたら、システムソリューション事業部の海外グループに行きたいと思います。語学力や留学経験をいかせると思います」。

 結果が返ってきたのは翌日のこと。またしても不採用だった。「やっぱり限界がありますね。心的に。3カ国語喋れて、理系だし航空宇宙だし、九州大学。エリートなのに、優秀でしょう?と言われるが。実際にはそうでもないな、もう自信がなくなりました。私は日本の社会に必要なのかな…」。

 それでもロメオさんはいつものように砂浜を散策しながら「この景色を楽しんで、心が落ち着いたら、もっと頑張れるようになります。毎日こんな風景を見られるのはすごく恵まれている人生だなと思います。だから日本で住みたいと思います」と前を向く。

■お父さんの体の調子が悪くなって。私が一人っ子なので

 9月、サンブさんは成果発表会の場で「日本は高齢者の割合が最も高くなっています。少子高齢化が多いということはそう遠くない未来に働けなくなる人が多いということをいいます」と堂々とスピーチした。例年であれば企業の採用担当者も訪れる発表会だが、今年は学生だけでの開催。コロナは留学生たちの自己アピールの機会も奪った。

 発表会を終え、学校を訪ねたサンブさん。大事そうに抱えているのは、稲益さんからの栗ご飯だ。「最近、お父さんのこととかでも落ち込んでましたし。成果発表会もあまり準備がうまくいかなかったので私が叱ったりしてましたので、栗ご飯でも食べて元気だしてもらおうと」と稲益さん。

 実はモンゴルへ帰国することを決心していた。「お父さんの体の調子が悪くなって。私が一人っ子なので、親の世話をするのは私の義務というか…。(私に)元気なんて全然ないですよ。ただ普通に生きてるだけで、それしかない」。

 昼食は、稲益さんからもらった栗ご飯だ。口に運ぶと「おいしい。涙が出てくるかも……。私がもっと頑張ったら、子どもも日本で一緒に暮らすことができたかなという気持ちもあったりするから…」。

 コロナ禍での帰国は、留学生にとって大きすぎる決断だ。「でも私だけじゃなくて、ビザとかの問題で、心の病気になるくらいになってる人もすごく多いということを、みんなに知ってほしいなっていう気持ちがある…」と涙を拭った。

■もう最高です。本当に嬉しいしか言えませんね

 「内定をもらいました。やっと終わりました」。2021年の年明けをロメオさんは笑顔で迎えていた。50社以上を受験し、ようやく内定にたどり着いたのだ。「もう最高です。本当に嬉しいしか言えませんね。ほんとに他に言葉がありません」。

 システムエンジニアとしてロメオさんを採用したのはここ数年、外国人の採用に力を入れている岡山県のIT企業・SERIO株式会社だ。出会いは就職エージェントの紹介だった。

 「今まで海外の方との接触はイベントだったんですけど、それが無くなってしまったがゆえに今年は難しいかなと思っていたところ、非常に優秀な学生がいるということで紹介されて。本来であればもう採用をやめている時期だったんですけど、こんな優秀な外国の方が来られたというのは我々にとっても非常にラッキーでした」と代表取締役専務の本郷旬さん。

 「外国人はとんがっている人が多い。会っていて、“自分これやりたいんだ、ここに興味があるこれやらしてくれよ”という人が多いかなと。まだ日本人が多い会社なので、刺激を与えてもらいたい」。ロメオさんも「すごくいい会社です。ほんとに運が良かったです」と晴れやかな表情で語った。

■夢が叶うまで、諦めることはないですね

 一方、サンブさんは、モンゴル行きの飛行機の空席を待つ日々を送っていた。「去年はすごくつらかった1年でした。モンゴルに帰ってからは就職活動をしてみようかなと思ってます。できれば日本に関係のある会社に入って、そのあとに日本に来たり…」。日本で暮らす夢について訪ねてみると、「それは諦めない。夢が叶うまで、諦めることはないですね」と力を込めた。(九州朝日放送制作 テレメンタリー『それでも、この国で~コロナ禍 留学生たちの就職戦線~』より)

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