「公正な裁判をお願いしていたのに、公正じゃないね。こんな判決を出していると生涯後悔するぞ」
24日、北九州市の特定危険指定暴力団・工藤会の総裁である野村悟被告(74)に死刑判決が言い渡されると、被告はそのように言い残して法廷を後にした。被告は市民を襲撃し死傷させた4つの事件についての関与が問われていた。
2014年9月、北九州市にある自宅への家宅捜索を経て、逮捕・起訴された野村被告。そもそも野村被告とはどのような人物だったのか。元福岡県警の刑事で暴力団対策部の副部長、さらに工藤会対策の現地本部長などを務め、工藤会の取り締まりと撲滅におよそ30年にわたって心血を注いだ福岡県暴力追放運動推進センターの藪正孝さんは次のように説明する。
「野村総裁の実家というのは非常に多数の土地を持った地元でも有名な裕福な農家だった」
生まれも育ちも、現在の住まいも北九州市。工藤会撲滅に人生を捧げた藪さんだが、刑事になった当初は意外にも暴力団、工藤会に対する関心はとくになかったという。そんな藪さんの人生を変えるきっかけになったのが、およそ27年前に起こったある事件だ。
「直方で刑事課長をしているとき、以前、野村総裁と工藤会内で対立した元組長が直方署管内で射殺される事件が起きた。捜査を進めると、北九州には表社会のルールの他に、工藤会のルールがあることが見えてきた。それ以降、工藤会対策を希望し、色々と関わってきた。例えば大型工事を北九州地区でやるとき、建築が1%、土木が1.5~2%、解体工事が5%という“みかじめ”を工藤会に持って行く必要があった」
事実、工藤会は1998年に“みかじめ料”を断った健康センターにネズミ駆除用殺そ剤を投げ込み150人以上が中毒症状に。さらに1990年には土地問題で揉めた相手に散弾銃を発砲、1994年には県警本部の目と鼻の先にあるレストランでも発砲事件を起こしている。当時、工藤会の前身の組事務所を取材したテレビ朝日の取材班に対して、幹部は「警察発表では工藤連合草野一家と決めつけた報道はしているが、ウチは一切関与していない」と関与を否定する一方「構成員の中につまらん発想の功名心に走ってスタンドプレーをするということは無きにしも非ず」などと述べ、組員が勝手に行動した可能性についても言及している。
その後、1992年に暴力団対策法が施行。改定を重ねる中で2012年、ついに工藤会は全国で唯一の「特定危険指定暴力団」に指定された。
工藤会との戦いについて振り返った藪さんが一番苦い思いとして挙げたのは、2003年に起こったクラブ襲撃事件。工藤会の組員が手りゅう弾を投げ込み、店で働いていた女性12人が重軽傷を負った事件。さらに同事件と同じく苦い思い出として挙げたのが、2012年、暴力団排除の標章制度が始まったときに起こった一連の襲撃事件。藪さんは「女性の方とか、たくさんの方が襲撃で大けがをされた」と無念を明かした。
今回、福岡県警が威信をかけて仕掛けた「工藤会解体」の頂上決戦。同被告の直接の関与の証拠がない中、組織のトップを逮捕したことにより、福岡県警と工藤会の仁義なき壮絶な戦いが始まった。長きにわたる戦いの一部始終を間近で見続けてきた藪さんは「場合によっては自分の命、相手の命のやり取りをするのが警察官だと思っている」と話した。
ではなぜ、直接的な証拠がない中で野村被告に死刑判決を下すことができたのか。元刑事裁判官で現在弁護士の古川・片田総合法律事務所に勤務する片田真志弁護士は「今回の事件は工藤会という組織の特殊性。上位者の指示を得ずに勝手にやることが許されない組織であったことがある」と指摘する。
じつは今回の死刑判決においては被害者のみならず元組員、県警捜査員らのべ91人の証言があった。そうした手順を受け、片田弁護士は「それでトップが知らなかったということはもうあり得ないでしょ。トップが指示したから行われた。そう考えないと現実的に想定できないということから有罪になったのでは」と死刑判決に至った背景を推察する。
野村被告の死刑判決に対して、工藤会会長でナンバー2の田上不美夫被告(65)には無期懲役の判決が下された今回の裁判。しかし弁護側は判決を不服として25日付で控訴している。
「生涯後悔するぞ」
野村被告が残したこの言葉については、裁判長に対する恐喝ではないか? など様々な憶測が飛び交っている。この発言について片田弁護士は「十分な有罪の証拠は無いのにねじ曲がった偏った見方で有罪にしたあなたの判断は間違っている。間違った有罪認定を下したことに後悔するだろうという見方と、報復を示唆した、よくないことがあるという脅迫がある」と二通りの見解を示す。
また福岡県警の元刑事である藪さんは「以前の工藤会ならば“裁判長をやれ”という動きになるんでしょうね。福岡の暴力団社会では親分の指示命令で行う組織的な襲撃事件などを“ジギリ”と呼んでいる。ジギリをやると捕まっても弁護士をつけてくれる。出所すると多額の報奨金をもらって幹部になるというのがある。工藤会がまさにそう」と話し、工藤会の特異な環境について補足。さらに「(発言自体は)思わず出てしまったのではないか。私も死刑判決までは正直予想しておらず、無期懲役だと思っていた。ところが野村総裁に死刑を宣告したので、野村総裁にとっても予想外の判決だったはず。普通は暴力団、とくに幹部が裁判で裁判長にあのようなことを言うことはない。衝撃を受け、思わず出てしまったのだろう」と続けた。
すると、藪さんの話を聞いたABEMA『ABEMA的ニュースショー』のMCである千原ジュニアが「そのセリフを聞いた他の組員たちが…ということも考えられるのでは」と聞き返したが「基本的に、今の工藤会ならまずない」としながらも「暴力団員の中にはやぶれかぶれの行動をするものもいるので、決して警戒を緩めてはならない。ただ今の工藤会では無理ではないか」との認識を改めて示した。
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