対局と移動を繰り返す過密なスケジュールの中、いったいいつ、どこで研究をしているのか。そんな疑問が沸き起こる内容での快勝だった。8月30日に行われた竜王戦挑戦者決定三番勝負の第2局。藤井聡太王位・棋聖(19)が永瀬拓矢王座(28)に77手で勝利、シリーズ2連勝で豊島将之竜王(叡王、31)への挑戦を決めた。終局後、敗因について永瀬王座は「序盤で準備のない形になってしまったので、よくなかったのかなと思います」と語った。今の将棋界で最も研究熱心で「知らない戦型はない」とまで言われる永瀬王座から出た「準備のない形」という言葉の意味は、藤井王位・棋聖の引き出しの多さを物語ることになった。
プロデビューからもうすぐ丸5年が経過する藤井王位・棋聖だが、低段位のころから練習将棋を重ねるパートナーとなっていたのが永瀬王座。この間柄から、表現として「お互いの手の内を知り尽くす」というものが用いられがちだが、この一局に関してはそうではなかった。戦型は藤井王位・棋聖が先手番から相掛かりを採用。序盤から激しい戦いになることで知られる戦型の一つで、まだまだ未開の領域も多いとされている。それだけに、さしもの永瀬王座が知らないものがあっても無理はない。ただ、なにせ藤井王位・棋聖には時間がない。王位戦、叡王戦といったタイトル戦だけでも各地を飛び回り、前日・当日の宿泊を含めれば2泊3日、2日制対局なら3泊4日の連続。自宅にある高性能PCで、最新の将棋ソフトを使った研究をすることも、ここ最近ではそれほどなかったことは想像がつく。また、タイトル戦で指したような将棋は、即日研究対象にもなり、同じものを永瀬王座に使えるとも思えない。そう考えるほど、藤井王位・棋聖の引き出しの多さが光ることになる。
序盤で築いたリードを中盤、終盤とあっという間に拡大するあたりでも、激戦続きの中で成長したところを感じさせた。ABEMAで解説をしていた北浜健介八段(45)が「永瀬王座が粘ることなく、寄せ切られた。こういう将棋で一方的に負かされたのは見たことがない」と驚けば、近藤誠也七段(25)も「粘る機会を全く与えることなく、一方的に押し切った。藤井さんの寄せが鋭かったということですね」と、完勝ぶりに舌を巻いた。第1局こそ、永瀬王座の粘りによって184手までもつれた将棋になったが、この第2局は粘る前に大勢が決したという内容。永瀬王座から「深い読みの部分で差をつけられてしまった」という言葉が出るのも不思議ではなかった。
挑戦決定の後の記者会見では、4勝1敗で防衛を果たしたお~いお茶杯王位戦七番勝負について触れ「序盤で遅れを取ってしまうような将棋が多かった」と、豊島竜王との戦いでの反省を繰り返した藤井王位・棋聖。その課題についてレベルアップしたものが、この快勝譜につながったとすれば、約1カ月後に開幕する竜王戦七番勝負では、さらに序盤から強さを増した藤井王位・棋聖が見られるはずだ。
(ABEMA/将棋チャンネルより)