――那須川選手は、サッカーをプレーした経験はありますか?
那須川 サッカークラブの体験会に、何回か行ったことがあるくらいですね。すでに格闘技をやっていて、蹴り方が特殊だったせいか、GKをやることになって……。みんなボールの近くにわちゃわちゃ集まって、楽しそうにやっているのに、「なんで俺だけ1人、ゴール前に立っているんだろう」って、すっげーつまんなくて、やめちゃったんです(笑)。GKの選手って、すごいですよね。少しのミスが失点につながりますし、そもそも防ぐのが難しいシュートもいっぱい飛んでくる。それを決められたら、理不尽な批判までされる。大変なポジションだなって、今でも思います。
――那須川選手のYouTubeチャンネル「格闘家のフリーキックはどこまで飛ぶの?!」や「那須川天心のシュートのスピード測定してみた」という動画を見ると、ボレーでのキックがとても上手ですね。
那須川 地面の上で止まっているボールを蹴るのは全然ダメなんですけど、ボレーは昔からうまかったですね。格闘技のキックとサッカーのキックでは、踏み込みの位置や体の重心・バランスの感覚がまったく違います。だから、止まったボールを僕が蹴っても、全然飛びません(笑)。ただ、浮いたボールがどういうタイミングで落ちてくるか、どのタイミングで蹴ればいいかという空間把握能力は、格闘技のキックと共通するかもしれない。次の瞬間、相手の頭がどう動いて、どのタイミングでガードが空くのかをイメージして、そこに足を出す感覚。だから、ボレーが得意なんだと思いますね。

羨ましくて悔しかったサッカー初観戦
――2017年8月のロシア・ワールドカップアジア最終予選、日本対オーストラリア戦が初めてのサッカー生観戦だったそうですね。当時の感想は?
那須川 正直、悔しかったんです。スタジアムがとても盛り上がっていて、すげえなって思ったんですけど、そのことが羨ましかった。当時の僕は、有名な存在でも何者でもなかったんですけど、格闘技以外のスポーツが盛り上がっている光景が羨ましかったし、悔しかった。いつか僕もこういう舞台で戦いたいなって、ずっと思っていました。
個人競技とチーム競技の違いはありますけど、格闘技の場合、本当に大きな大会じゃないと、あれだけのお客さんは集まらない。サッカーは、競技を運営する母体がしっかりしていて、選手はプレーに集中できている。これはとても羨ましい環境で、格闘技の世界では、お客さんを集めるために選手がアクションを起こさないといけない。サッカーのお客さんは、選手個人というよりも、チームを応援していて、それが継続的なファンになっているからこそ、大きなスタジアムでも毎試合あれだけの人が入る。これが格闘技とサッカーの、大きな違いだと思います。
――プロデューサー目線、なんですね。
那須川 サッカー以外でも、いろんなスポーツやイベントを見ると、運営のことをめっちゃ考えちゃうんですよね。
――6月19日の「THE MATCH 2022」は、東京ドームに5万5000人以上が集まりました。あれだけの大舞台で力を発揮するために、メンタル面で意識していることは?
那須川 すべては自分との戦いですよね。お客さんがいる・いないとか関係なく、自分を出せるか、自分のパフォーマンスを上げることだけを意識しています。「お客さんがたくさん入っているからできない」というのは、リアルじゃない。もちろん緊張はします。でも、良い緊張感です。心拍数が少し上がっているのはわかりますけど、「やべえ、緊張で動けない」という感覚はない。THE MATCHのときは、とにかくすげえ楽しかったです。「この舞台は、全部俺のためのもの」。そう思いながら、試合に臨みました。

見られること、伝えることの大切さ
――「THE MATCH」はPPVの視聴者が50万人を超えました。大会後の反響は、これまでと違いましたか?
那須川 まったく違いましたね。外を歩くと、今でも人が集まってすごいことになりますし、声をかけられない日がない。やっぱり、みんなに注目してもらうってことはデカいなと思いました。格闘技に限らず、スポーツってリアルなものなので、試合が始まってしまえば結果は仕組めない。だからこそ、本番までのストーリーをいかにみんなに伝えるかが大事だなって、痛感しました。
――今回のカタール・ワールドカップは、ABEMAで全64試合が無料中継されます。日本で初めて、すべての試合をスマホでライブ観戦できるワールドカップです。
那須川 僕もABEMAさんの格闘技中継や自分の試合、友達のアスリートが出ている他競技の試合を、スマホで見ることがあります。スマホで視聴できるようになったことで、特に僕ら若い世代にとっては、スポーツがより身近になったと思います。ただし、格闘技もサッカーも、極端なことを言えば、見なくても生きていけるものです。客観的に見て、サッカーに対する日本国民の注目度は、以前と比べれば下がっているように感じます。もう一度、熱を取り戻すためにも、選手や運営側に、一般の人に見てもらうための仕掛けをたくさんしてほしいと思いますね。やっぱり多くの人に見てもらうことが、僕は大事だと思うので。スマホでサッカーを見られることは、その仕掛けのひとつにもなると思います。
――THE MATCHから1カ月後の7月20日には、パリ・サンジェルマン対川崎フロンターレ戦を生観戦していました。THE MATCHの舞台を経験したことで、サッカーの会場への印象は、2017年の頃から変わりましたか?
那須川 変わりましたね。5万人を超える観衆を見ても、「悔しい」「羨ましい」とは思わなくなりました。「俺もやったし、その気持ちわかるよ」みたいな(笑)。僕も5万人以上の人が見つめる舞台に立てたことで、サッカーのトップ選手たちの感覚は理解できた。だからこそ、この先も負けたくないなって気持ちはあります。
――パリ・サンジェルマンには、リオネル・メッシ選手やネイマール選手、キリアン・エムバペ選手という世界的スターがいました。彼らのプレーをどう見ましたか?
那須川 もちろんすごい。違いを生み出す選手であることは、素人の僕にでもわかりました。ただ、いつもより1歩目がちょっと遅れてしまっているようにも見えました。これはサッカーに限らず、来日したばかりの外国人選手特有のもので、時差などの影響によってコンディションがまだ100%じゃないのかなって。僕はサッカーの技術や戦術はわからないので、選手の“動き”を見るんです。ボールへの反応スピード、1歩目の速さは気になりますね。

イブラヒモビッチは格闘家向き
――サッカー選手の中で、「格闘技でも成功するんじゃないか」と思う選手はいますか?
那須川 ズラタン・イブラヒモビッチ選手。喧嘩っ早いし、絶対に俺がゴールを決めるというメンタルは、格闘家向きだと思います。サッカーゲームでは、いつもイブラに苦しめられてきましたから(笑)。海外のサッカーの映像を見ると、外国人選手にはメンタルの強さを感じるんです。パスは回すけど、11人全員に「俺がやってやるよ」みたいな雰囲気を感じます。日本人には「自分が、自分が」というタイプの選手が少ない気がしますね。
――那須川選手とサッカーのつながりで言うと、三浦知良選手と食事をしたそうですね。
那須川 そうなんです。RIZINに出場しているカズさんの次男・三浦孝太選手は、僕に憧れて格闘技を始めたということで、「会いたい」となって。孝太君と一緒に練習した後に、カズさんと食事させていただきました。
――キング・カズの印象は?
那須川 めっちゃ肉を食べますね(笑)。「こんなに食うんだ!」って、驚きました。コンディションを整えながら、55歳で現役として活躍するのは大変なことだと思います。だからコンディション維持に関して、いろいろと質問させてもらいました。あとは、共通の趣味であるサウナについても(笑)。カズさんが今の僕と同じ24歳の頃、まだJリーグも開幕していなくて、日本におけるサッカーは人気競技ではなかったと思います。そんな中をカズさんは切り開いてきた。ゼロをイチにするのは、一番難しいこと。それをやってきた人たちのことを本当に尊敬しますし、カズさんの言葉や考え方には学ぶことがたくさんあると思います。
――現役の日本代表である久保建英選手とは、対談をしたとか?
那須川 初めて話しましたけど、映像でインタビューなどを見た時と同じ印象でした。“ちゃんと尖っている”から、すげえいいなって。つまり、きちんと自分を持っている。どれだけ活躍しても、天狗になることがなくて。やっぱり世界で活躍する人は、こういう考え方なんだって、改めて感じました。
――那須川選手も久保選手も「神童」と呼ばれ、幼い頃から注目されてきました。プレッシャーに感じることはなかったですか?
那須川 全然ないですよ。だって、好きなことをやっていますから。どんなに辛い練習であっても、やらされているわけじゃなくて、自分が好きでやっている。注目されれば、「負けられない」という重圧は感じますけど、男ならばそれを受け入れるのが当然。負けられないというより、勝ちたい。ネガティブな要素はないです。
選手たちの強気の姿勢を見たい
――そのポジティブさの反面、那須川選手は自分が「ビビリ」であることを公言しています。そのギャップが面白い。
那須川 間違いなく、ビビリです。お化けとか怖いです(笑)。でも、それ以上に僕は勝ちたい。そのためには、練習するしかない。ビビリで、怖いからこそ、怖くなくなるまで練習するってことですね。
――今回のカタール・ワールドカップでは、久保選手の活躍も期待されます。最後に、日本代表へのエールを。
那須川 ワールドカップって、日本が一番盛り上がる“祭り”ですからね。僕は「ベスト8」じゃなく、「優勝」を目指してほしい。スポーツを見る人は、選手たちの強気の姿勢を見たいと思うんです。たとえ相手が強くて、現実の目標がベスト8だとしても、選手には「優勝を目指す」と言ってほしい。実際、僕も「1位目指せよ」って思いますから。それを選手が公言することに意味があるし、一般の人にも「こいつならやってくれるんじゃないか」と、夢や期待感を抱かせる気がする。1人、2人じゃなくて、11人全員がその気になれば、現実になる可能性はあると思っています。
(構成=松本宣昭)

那須川天心(格闘家)(なすかわ・てんしん)
1998年8月18日、千葉県生まれ。5歳で極真空手を始め、11歳でキックボクシングに転向。14年に15歳でプロデビューするとRISE、BLADEなどで連戦連勝を続け、KO率の高さもあいまって「神童」と呼ばれる。公式戦無敗のまま、22年6月の試合を最後にボクシングに専念すると宣言した。