カタール・ワールドカップのブラジル代表のメンバーがまもなく発表される。
9月シリーズ(ガーナ、チュニジア)ではこれまでコンスタントに招集されてきたガブリエウ・ジェズスやガビゴール(ガブリエウ)、若手のガブリエウ・マルチネッリなどが招集外となった。
それでも、ブラジルはとてもいいパフォーマンスを披露した。3-0で快勝した1戦目のガーナ戦は、ネイマール、ルーカス・パケタ、ヴィニシウス・ジュニオール、ラフィーニャ、リシャルリソンの5人が同時にプレーするとてつもないオフェンシブな布陣で臨み、前半に3点を入れた後は、ほぼ練習試合の様相だった。
続くチュニジア戦は4-2-4のフォーメーションで、5―0で圧勝。ただ、残念だったのは、あまりにもチュニジアのラフプレーが多かったことだ。W杯前の親善試合は危険なプレーをしないのが通常だが、当たりは激しくついにはレッドカードが出る始末だった。
それにしても、ブラジル代表を取り巻く空気が、これほど落ち着いたのは久しくなかった。その2試合においても誰もチームを非難しない。監督のことも、選手のことも、ネイマールのことさえも。これは非常に稀有だ。どの記事にもネガティブな言葉は見られなかった。
私はこれまでW杯で戦うブラジルを10回以上見てきたが、大会前からこれほど温かい目で見られるチームは初めてだ。
いったいブラジルに何が起こったのか、ほんの少し前まではチッチの解任が何度も叫ばれ、なかなかタイトルを勝ち取れない代表に愛想をつかす者が多かったのではないか。
その要因の一つは日本とも関係ある。昨年の夏に行なわれた東京オリンピックでブラジルは金メダルを勝ち取った。これを境に続々と若い世代が成長してきている。
リシャルリソンはオリンピック以前より活躍はしていたが、彼により自信をつけさせたのは東京五輪だった。彼はこの9月の2試合で3ゴールを決めた。マンチェスター・ユナイテッドのレジェンドであるロイ・キーンは「彼は急速に伸びている。信じられない魔法を見ているようだ」と評している。そのほかにもオリンピック後にA代表に定着したブルーノ・ギマランイス、アントニー、マテウス・クーニャもメンバーに入っている。
また五輪メンバーではないが、同じ頃に頭角を現してきたラフィーニャは、今や代表には欠かせない選手になりつつある。その2試合で2アシスト・1ゴールの活躍を見せた。
そして、9月に初めて本格的に招集されたのがペドロだ。2試合で唯一聞かれた批判といえば、なぜ彼をもっと早く代表入りさせなかったのかということだった。25歳のペドロは2020年のW杯予選で14分ほどプレーしているが、その後は招集されず、最近のクラブチームでの活躍が認められ再び代表入りを果たした。
後半から出場したチュニジア戦では、いきなり見事なゴールを決めている。これにはブラジル中が湧いた。なぜなら彼は今回の26人の中で唯一ブラジル(フラメンゴ)でプレーする選手だからだ。
もう一つの大きな要因はネイマールの変化だ。もう以前の彼とは違う。もう誰とも争わないし、ピッチを大袈裟に転げまわったりもしない。かつての問題児の姿はここにはない。
これは先に述べた若手の台頭にも関係ある。ブラジルはネイマール依存症をやめた。これまで彼の肩にはサッカーが宗教のようなブラジルという国がずっしりとのしかかっていた。悪い結果を出せば、それはすべてネイマールのせいだった。
しかし今は違う。もちろん彼がチームを動かし、リーダーであることは変わらない。しかし今は多くの優秀な選手たちがいて重荷を分けて支えてくれる。たとえネイマールが調子が悪くとも、誰かがフォローしてくれる。彼はやっと自由にプレーできるようになったのだ。
またこの夏のパリ・サンジェルマンでの出来事も大きな転機だった。キリアン・エムバペ体制に舵を切ったチームでは、ネイマールはいつまでも王様ではいられない。プレー続けるには真面目に練習し、チームの力になることを証明しなければならず、昨シーズンまでのように怪我で休んでばかりいたら、置き去られる可能性もある。
こうしてネイマールはプレシーズンから真面目に練習に励み、その結果、加入後最高のパフォーマンスを見せている。ついに心を落ち着け、本来の実力を発揮できるようになった。これはブラジルにとって大きな、そして明るいニュースだ。
いま、チッチ監督は“世界一贅沢な問題”を抱えている。あまりにも優秀な選手が多すぎていったい誰をカタールに連れて行ったらいいか、悩ましいのだ。各国の代表チームはまず55人の代表候補リストをFIFAに提出した。これに、本当にW杯で戦える選手を55人書けるのは、ブラジルだけとも言われている。つまり少なくとも4つの代表チームを作れるほど豊富な人材を抱えているのだ。
ただ、カタールに行けるのは26人のみだ。チッチは本当に頭が痛いことだろう。
文●リカルド・セティオン
翻訳●利根川晶子
【著者プロフィール】
リカルド・セティオン(Ricardo SETYON)/ブラジル・サンパウロ出身のフリージャーナリスト。8か国語を操り、世界のサッカーの生の現場を取材して回る。FIFAの役員も長らく勤め、ジーコ、ドゥンガ、カフーなど元選手の知己も多い。現在はスポーツ運営学、心理学の教授としても大学で教鞭をとる。