彼の名が知れ渡ったのは2009年大晦日のこと。高校生トーナメント・K-1甲子園で1年生ながら圧倒的な実力で優勝したのだ。それから12年。野杁はプロとしてもトップであり続けている。K-1ではスーパー・ライト級に続いてウェルター級のタイトルも獲得。9月20日、横浜アリーナでの王座決定トーナメントをオールKOで制した。
1回戦、準決勝は1ラウンドKO。決勝はやはり2試合連続KOで勝ち上がってきた安保瑠輝也と対戦した。安保は圧力をかけられながらも鋭いパンチや得意技の2段蹴り、バックキックを繰り出していく。下がりながらではあるが、攻撃の見栄えはいい。実際、安保も「ガードの上からでも効かせている感触はあった」と言う。
ところが、だ。決勝戦の前半を振り返り、安保の攻撃を受けたことについて聞かれると、野杁は笑顔でこう言った。
「それが作戦ですよ」
攻撃が当たれば安保は勢いづく。その分だけディフェンスへの意識がおろそかになる。その状況で野杁は「さんざんエサをまいて、伏線を張ったんです」。
相手が攻撃してくれば、自分の攻撃も当たりやすい距離になる。そこで野杁はロー(カーフキック)を蹴る。その痛みに意識が向くと、今度はボディ打ち。試合前から「ローかボディで倒すと決めていた」という野杁は、1ラウンドでそれが可能だと確信したそうだ。3ラウンドに倒せばいい、だから「1、2ラウンドはくれてやるというくらいの気持ちでした」。倒し切れず、ズルズルと判定になってポイントで負けるという危険性は「サラサラなかった」。
「倒せなかったら負け」という状態に備えてのリスクマネジメントさえ必要がないくらい、野杁には自信があったのだ。
また安保は、準決勝で闘った松岡力なら倒れたような攻撃が当たっても、野杁は倒れなかったと語っている。「この攻撃では倒れない」という確信があったからこそ、野杁は安保に攻めさせ、隙を作らせることができたのだ。これまで対戦してきた強豪外国人のパンチに比べたら…と野杁は感じた。
大会一夜明け会見での野杁は「これで僕が世界一かと言ったらそうではない」とコメントしている。今回はコロナ禍で日本人、日本在住選手のみのトーナメント。まだ先があると考えているのだ。これまでずっと、屈強な外国人としのぎを削ってきた。勝ってもKOを逃したことをマスコミに指摘され、悔しくてフィジカル強化にも励んできた。あくまで基準は“対世界”にある。
攻撃力も打たれ強さも試合運びもワールドクラス。だから今回のようなトーナメントでは圧勝しなければならない。このパンチなら自分は倒れない、この相手なら確実に倒せるという、自分の力に対する冷静な評価もある。これまでの経験、培った実力、すべての面で野杁正明の本領が発揮されたのが今回のトーナメントだった。まさに“怪物”だ。今なら外国人でも倒せる、そんな実感もある。
「こらから先も怪物らしく、相手をバッタバッタと倒していきます」
コロナが明けてトップ外国人が再び日本にやってきた時、“怪物”はさらなる強さを見せてくれるはずだ。
文/橋本宗洋